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従者ブレンダ

 今日はキャロライン嬢に絡まれてちょっと凹んだけど、個人的にはそれどころでは無かったの。

 今日は放課後、屋敷にブレンダを呼んでいるの。


 彼女はカーリー子爵家のご令嬢で、私が6才の頃から従者としていつの側にいてくれた同い年の子で、本当なら一緒に学校に通ってるはずだったの。

 でも半年前、彼女と大喧嘩をして遠ざけて以来、彼女は屋敷に引きこもったままで、学校にも通っていないの。


 喧嘩って言ったけど、主と従者では本来、そんなことが起きるのは稀だし、実際はジェニファーが一方的に彼女を追い詰め、暴力まで振るったというのが事の真相よ。

 彼女は物静かで従順、明るいブラウンの髪が印象的なとても可愛い子なの。

 以前のジェニファーがいかに苛烈な性格かが分かるわね。


 事件が起きた後、お父様とカーリー子爵様が話し合い、従者の交代も検討されているけど、もう少し冷却期間を置こうということで、今のところ棚上げされているの。

 そして、私が彼女と入れ替わった後、お父様に従者を変更しないという意向を伝えた上で、今日の面会となったの。


 私は昨日、アクセサリーの店に行き、お詫びの品を買ったの。

 受け取ってもらえず、許してもらえない可能性もあるけど、お詫びの気持ちは示したいし、何より、今のままでは彼女のこれまでの努力が報われないわ。

 そう意気込んで来たけど、とても緊張して震えが止まらないわ。

 だって、何と言っても立場は圧倒的に私が上で、非も完全に私にある。


「でも、とにかく誠意をもって謝るしか無いわ。」

 彼女は帰宅後すぐに支度をして、ブレンダの到着を待つ。

 そして、しばらく自室で待っていると。


「お嬢様、ブレンダ・カーリー子爵令嬢、ただ今ご到着なされました。」

「ありがとうメアリー。すぐに行くわ。」

 彼女はプレゼントの品を持って応接室に向かう。

 入室すると、ソファに座っていたブレンダが慌てて立ち上がる。

 その顔は、これまで以上に緊張してはいるが、ジェニファーには見覚えがある。

 あの日、聖女を階段から突き落とすよう命じた時と同じ・・・


 今まで彼女に強いていたこと、そして、これから決してしてはいけないことの大きさに目眩を覚えながらも、私は何とか両の足に力を込めて倒れるのを何とか踏みとどまることができた。


「ブレンダ・・・今まで、ごめんなさい。そして、あの時、あなたに振るってしまった暴力について謝らせて下さい。」

 声が震える。

 しっかりしないと思うのだけど、今まで封じていた記憶が蘇り、身体の震えを抑えることが出来ない。

「はい・・・」

 ブレンダがやっと発した言葉はこれだけだった。


「今日は、私にチャンスをくれてありがとう。私はあなたに許されないことをしたし、許してもらえなくても仕方無いと思ってるわ。謝罪を受けていただけなくても仕方ないけど、謝らせて。」

「はい。」

「本当に、あなたに酷いことをしてごめんなさい。何度も叩いて、物を投げつけてごめんなさい。あなたのことを粗略に扱って、あなたの気持ちを無視して、嫌な思いをたくさんさせてごめんなさい。信じてもらえないかも知れないけど、もう二度としないと誓うわ。」

「はい。承知いたしました。」

「もし、良かったら、また、私の従者として戻って来て欲しいの。もし嫌なら無理にとは言わないし、あなたの家に不都合などがないようにするから。でも、もしよかったら・・・お願いします。」


 ジェニファーは頭を下げる。

 止めどなく涙が流れ、床に零れていく。

 彼女には、この10年間の出来事が英蔵のように流れては消えていく。

 もちろん、それを思い出すことは胸が痛い。

 なぜなら、ブレンダにとっては決して良い想い出では無いから。


 もちろん、それは桜井綾音がしたことでは無いが、ジェニファー・フレミングとしてこれから生きていく以上、避けては通れない茨の門である。

 頭を下げてどのくらい時間が経ったかは分からない。

 しかし、とても長い時間に感じる。


「お嬢様、有り難うございます。私は・・・その・・・毎日、自分の力の無さを根がいておりました。至らないことばかりで、お嬢様を満足させることができず、いらだたせてばかりで・・・」

「いいえ。あなたが悪い訳じゃ無いの。私があまりに我が儘で、あなたに理不尽を強いてただけなの。」

「私は今日、お嬢様にお会いすることが出来て、本当に嬉しかったです。」

 ブレンダが大きく息を吸ったのが分かる。


「もし、もう一度機会をいただけるのでしたら、また、お仕えしたいと存じます。」

「あああっ!」

 ジェニファーは崩れ落ちるように膝を突き、両手で顔を覆った。

 ブレンダは彼女に駆け寄り、抱き起こそうとする。


「ありがとう。ありがとう・・・」

「私は今日までずっと、いつお嬢様のお許しが出るのか、自分からお願いした方が良いのか、悩んでおりました。」

 もう私も彼女もそれ以上は言葉にならない。

 随分長く、抱き合って泣いた。そして、落ち着いてから対面でソファに座る。

 さっき、思わずプレゼントを床に落としてしまったわ。本当にダメね。


「本当にあなたには酷いことをして、苦労ばかりかけたわ。」

「お嬢様、とても、勿体ないお言葉でございます。私が至らなかったこと、もう少し耐えられれば良かったことなのです。ですのでもう、頭をお上げください。」

「私は、本当に至らぬ主でした。これからは絶対にそんなこと無いようにする。」

「とても嬉しくて、胸が温かくなります。」

 ジェニファーはイヤリングを外し、彼女に着ける。


「これはお詫びの印。そして、二度とブレンダに酷いことをしないための戒めよ。いつも付けて、私に見せてね。」

「あの、さすがにこれは勿体ないです。」

「この箱に入っているのはお揃いのものなの。でも、さっき落としちゃったから、こっちを私が着けるね。」

 そう言って箱から取り出し、自分に着ける。


「プレゼントは初めてね。」

「はい。私に宝物ができました。」

「こんなに喜んでもらえるなら、もっと早く、何度でも渡せば良かった。」

「お嬢様、今度のお誕生日には、私からのプレゼント、受け取って頂けますでしょうか。」

「もちろんよ。とても嬉しいわ。」

「どんなプレゼントが良いか、今からワクワクします。」

「その前に、明日から学校来れる?」

「はい。B組ですが、来年はA組に入れるよう、頑張ります。」

 それからは、今までのこと、これからのこと、たくさんお話したわ。

 今日は学校で嫌な事があったけど、もうそれどころじゃないわね。


 これは、ゲームでは実現することの無かったワンシーンである。


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