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初めて優しさに触れる

 僕が学校から処分を受けて約半月。もう6月も最終週になった。

 だんだん生活が落ち着いて来て冷静になってみると、どんな顔をして復帰したらいんだろう、なんて胸が締め付けられることが多くなった。


 もちろん、事のほとんどは誤解による齟齬なんだけど、それでティアナちゃんの名誉が大きく傷つけられたことは事実だ。


 そんな考えと巡らせつつ、とても憂鬱な日々を送ってはいるが、そんな僕を支えてくれているのは同僚のクレア先生だ。

 彼女は時間を見つけては頻繁にここを訪れ、何かと世話を焼いてくれる。



「ジェームズ先生、夕飯ができましたよ。」

「ありがとうございます。クレア先生。先生も一緒にいかがですか?」

「そうですね。では、いただきましょう。」

 夕食はもうほとんど毎日、クレア先生の手料理を食べている。


「よく考えたら、この2年、僕はあまりいい食事をして来なかったように思う。」

「何故、ジェームズ先生は自分で料理されるのを辞めてしまったんですか?」

「えっ?」

 思い出してみると、以前のジェームズは自分で料理をしていただけでなく、魔法で料理ができないかを研究していたみたいだった。

 今の僕には、記憶があってもできそうにないが・・・


「そうだねえ。だから心が荒んでしまったのかねえ。」

「荒んでるとは言いませんが、変わってしまったのは確かなようですね。」

「僕は悪い方に変わってしまったと思うかい。」

「全てが悪い訳ではありませんが、良い部分がかなり鳴りを潜めてしまったとは思います。」

「お恥ずかしい限りです。」

「でも、ここのところ、随分落ち着いてきたように見えますよ。」

「ありがとうございます。」


「さあ、せっかくの料理が冷めてしまいます。」

「では、いただきます。」

 温かい。作りたてなのだから当たり前だが、いや、暖かい。

 そりゃ夏なんだから、なんてツッコミはやめてくれ。

 今までだって、女性と共に食事をしたことくらいあったし、我を忘れるほど舞い上がったことも、熱い夜すらあった。


 でも何だろう。

 こういうのって、僕のこれまでの人生であったかなあ。


「美味しいね。」

「先生にそう言っていただけて嬉しいですわ。彼女さんに作ってもらったこと無かったんですか?」

「一度も無かったなあ。庶民階層出身だったのに。」

「じゃあ、彼女たちとはどういったお付き合いを?」

「遊びに行ったり食事に行ったり、プレゼント買ったり、お酒飲んだ後ピーしたりだね。」


「本当に、何をやっていたんですか・・・」

「済みません。サイテーですよね。」

「そういうお付き合いもあるかもですが、遊びならトラブルにはなりませんよね。」

「遊びじゃ無かったですよ。私的には本気でした。」

「お相手を深く知ろうとした事や、自分を知って納得してもらった上でお付き合いしたことは?」

「ごめんなさい。降参します。」


「先生の気持ちも、もちろん大切ですが、お相手が先生をどう思われているかを考えることも大切ですよ。」

「女性は難しくて。」

「存外単純なものですよ。私だって殿方の気持ちが分からずに立ち往生するなんてことはしょっちゅうです。」

「クレア先生でもですか?」

「そうで無ければ、学校であんなに悩んだりしません。」


「先生、真面目ですね。」

「ジェームズ先生もそうだったはずですが。」

「また、なれるでしょうか。」

「絶対になるという強い意志があれば必ずできると思いますよ。」

「そう、ですか・・・」

「失われた信用を取り戻すことは用意ではありませんが、ここで終わる先生だとも思っておりませんから。」

「何か、今日の食事、沁みるなあ。」

「そうでしょう。腕によりを掛けましたから。」


 月並みだが、こんな言葉しか出て来ない。

 ボクシングで言うところの、やっとロープにたどり着いたってヤツだ。

 胸にこみ上げるものを必死に我慢しながら、スープを口に運ぶ。


「しかし、信用も自信も無くしたし、借金まみれだし、情けない話だけどこのどん底から這い上がる力が湧いてこないよ。」

「もう少し、英気を養う必要があるように見えますね。借金については任せて下さい。これでも私、お金なら持っているんですよ。」

「いやいや、いくら何でもそこまでしてもらう訳にはいかないよ。」

「でも、結構利息がきついのでは無いですか?」

「それは・・・その、」


「有利子負債については、私が立て替えておきます。私に利息は必要ありません。」

「いやしかし、それじゃ余りにも条件が良すぎるよ。」

「何なら元本も要りませんけどね。その代わり、お金じゃ変えないもので払って下さい。」

「それって・・・」

「一生、払い続ける必要はありますけど。」

 僕はついにこみあげてくるものを堪えることができなくなった。


「あ、り、がとう・・・」

「ただし、浮気もよそ見も厳禁ですよ。厳しく行きますからね。」

「はい・・・」


 彼女は僕の後ろに回り、優しく背中を抱いてくれた。

 よく考えたら、人の優しさに触れたの、大人になってから初めてだなあ。

 地位でも見てくれでもお金でも無い、そんなものを必要としない関係。

 リア充になることに囚われすぎて、目の前にいたのに見失っていた青い鳥。

 一番近くにいて、最後まで飛び去らずに居てくれた彼女を、心を入れ替えて大切にしようと思った。


「僕は負けないよ。必ず復帰して誰にも恥じない立派な教師になってみせる。約束するよ。」

「ええ、ずっと、一番近くで見てますよ。」

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