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訪問者

 あれから僕は自室で静かにふて寝している。


 自宅謹慎中なのだから当たり前だけど、それ以上にこれまでの借金がかさんでいて、食事もままならない状態なんだ。

謹慎中は給料も出ないから、気晴らしに外出、なんてとてもできない。


 どうしてこうなっちゃったかなあ、なんて考えていると玄関の呼び鈴が鳴る。

 僕は気怠そうに起き上がり、玄関に向かう。


「どなた~。」

「私ですよ、ジェームズ先生。」

「ああ、クリス先生ですか。今開けます。」


 ドアを開けると、同僚の姿があった。

 担当教科こそ違うが、この2年、同じ学年団の教師として共に働いてきた教師だ。


「何だか予想通りの顔をしてますね。」

「まあ、これ以外考えられない状況だよね。それで、最終的な僕の処分でも出たの?」

「もう処分なんて出たでしょ。今日は先生の様子を見に来たのよ。」

「教頭先生の指示かい? ちゃんと謹慎してるよ。」

「そのようですね。一先ずは安心しました。」


「これ以上何か問題を起こしたらクビだからね。まあ、もうそうなった方がいいかも知れないけど。」

「何を下らない冗談言ってるんですか。ただでさえ一人少なくなって、どの先生も大変だというのに。」

「済みません。ご迷惑をお掛けしています。」

「本当です。戻って来たら馬車馬のように働いてもらいますからね。」

「相変わらず厳しいなあ。どうです?上がっていきますか。」

「ええ、それじゃあお邪魔します。」


 僕は応接室に案内する。

 ここは貴族用のアパートだ。部屋数はそれなりにあるし、僕は一人暮らしなので、客間を確保する余裕だってあるんだ。


「散らかってますね。」

「男の一人暮らしなんて、こんなもんですよ。」

「ちゃんと食事を摂ってますか?」

「まあ、それなりには。」

「食べるのには困らないくらいに給料は出ているのですから、億劫がらずにキチンと食事をしないと身体を壊してしまいますよ。」


「しかし、鋭いねえ。」

「先生のそのすぐれない顔色を見れば、誰にでも分かることです。」

「確かに、顔色は良くないかもね。」

「顔色だけではありません。先生はこの2年で大きく変わってしまいました。」

「その自覚はあるよ。」


「以前の先生は寡黙ながら生徒一人一人の成績向上のために尽力していました。一見すると冷淡に見えますが、とても教育熱心でした。」

「いや、教育には今でも熱心だと思うよ。」

「魔術の課外授業なんてとても考えられませんでしたよ。」

「あれは良いことだと思うよ。」

「変な下心がなければ、ですが。」

「あれはちょっと魔が差したというか、何と言うか・・・」


「ただでさえ貴族学校はいろんな派閥の子弟が集まりますから、生徒に深入りするのはリスクがあるんです。全生徒を対象にするならともかく、特定の生徒に肩入れしていると取られかねない行動は慎むべきです。」

「それは、そうだね。」

「それに、先生の机も大変散らかっています。以前の先生は潔癖と言っていいくらいでしたのに、まるで別人です。」


「もし、次に出勤できることがあれば、ちゃんと片付けるよ。」

「この家もですよ。」

「まあ、ね。」

「時間は沢山あるじゃないですか。以前の先生ならきっと綺麗だったと思いますけど?」

「ああ、確かにこの2年で随分荒れちゃったなあ。」


「何があったんです?」

 そんなこと言える訳が無い。

 下手に知られて禁術使いなんてことになったら大変だ。


「いや、特には無いよ。強いて言えば、女性トラブルを経験したことかな。」

「私で良ければ相談に乗りますけど。」

 さすがは教師。

 何か自然と誘導され、根掘り葉掘り聞かれて、僕の超プライベート情報が抜き取られてしまった。


「全く、それですかんぴんだなんて・・・情けなさ過ぎます。」

「面目次第もござらん。」

「まあ、お金は働けばどうにでもなりますが、生徒に手を出すのは金輪際、止めてくださいね。」

「も、もちろんだよ。」


「今回は、ボグソール子爵家が寛大な処置を望んでくれたからこれで済んだけど、もっと高位の家が強硬に出てきた場合は投獄くらいはあり得たんですから。女性の将来を潰すというのはそれくらい重大なことだし、普段、女性が殿方を立てるのは、殿方が背負っている責任がそれだけ重いからです。先生はもう少し自覚された方がいいと思うわ。」


「済みません。おっしゃるとおりです。」

「じゃあ、分かってくれたところで、掃除しましょ。」

「掃除?」

「心を入れ替えるにはまず環境からです。自堕落な生活をズルズル続けていては入れ替わるものも入れ替わりませんから。」

「ああ、それもそうだね。」


「掃除は私がやりますから、先生はそのだらしないヒゲを剃って下さい。」

「僕のダンディなヒゲが・・・」

「何か?」

「はい。剃ります。」

「ジェームズ先生はクールなところがいいのです。ヒゲは似合いませんよ。」

「分かったよ。」


 そう言うと、クレア先生はテキパキと片付けを始める。

 いつも通りの彼女を見ていると、忘れかけていたかつての忙しい日常を思い出すようだ。

 先生って、当たりは多少キツいけど、優しいんだなあと思う。


 僕はだらしなく伸びたヒゲをそり落としながら、彼女の温かさに涙ぐむ。



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