ジェームズ、教育される
次の日、学校に行くと昨日までは雰囲気が一変していた。
男子生徒は皆一様に僕を睨み付けてくるし、女子生徒は遠巻きに、いや、積極的に逃げている。
アイツら一体、校長に何吹き込んだんだと思いながら職員室に入ると、教頭に呼ばれて、そのまま校長室へ。
「校長先生、おはようございます。」
「おはよう。それで、何故呼び出されたかは分かっているかね。」
「もしかして、昨日のことでしょうか。」
「分かっているなら何故すぐに報告しないんだ!」
何故と言われても、そんなに大それた事はしていない。
「いや、そんな大騒ぎするようなことなのでしょうか?」
「生徒から、君が女子を訓練場に連れ込み、乱暴しようとしたと聞いている。」
「そ、そんなぁ。僕がそのようなことするはずないじゃないですか。」
「じゃあ、何をしていたのかね。」
「ティアナ嬢に魔法の鍛錬を施していただけです。」
「確かに、本人から魔法の鍛錬を行っていたと報告を受けている。しかし、その後、彼女を押し倒して乱暴されかけたと証言しているし、他の生徒も確かにそう見えたと言っている。」
「そんな、誤解です。彼女が疲れていたので少し休ませながら話をしていただけなんです。」
「ならばどうしてそのように報告しなかった。生徒達が来たとき、君はティアナ嬢と一緒にいたそうじゃないか。」
「それは大した事じゃ無いと思ったからです。」
「普通は逃げたと思われる。そうは考えなかったのかな。」
「逃げたのなら、今日出勤したりしません。」
「その前に、生徒と共にここに来て、誤解があるなら解くべきだったな。」
「そうですよ。ただでさえ、教師と生徒の関係には最新の注意を払うべきですのに、初動の対応としては最悪です。」
「生徒達は、君が反論もせず校長室にも付いて来なかったといっておったしな。」
「いやだから」
「結果から導き出される状況の推測としては、決して論理が飛躍したものではない。」
「では、校長先生も教頭先生も、彼らの主張を信じる訳ですか?」
「それを覆す材料を提示しない場合はな。」
「本当なんです。私には邪な考えなど一切ございません。彼女とは魔法の鍛錬をしていただけで。鍛錬が終わって彼女と二人で座っていたとき、間違って二人で重なり合うように倒れてしまい、それを彼女が押し倒されたと誤解したものなんです。」
何故だか二人は頭を抱えている。
「どちらが上になって倒れ込んだのだ?」
「私、ですが。」
「彼女の方から寄りかかるように倒れたのであれば、君の言うとおりかも知れないが、逆なのだろう。」
「しかも、ジェームズ先生の方から彼女を倒したのであれば、謝罪や弁明をするのはあなたの方です。」
「いや、だから・・・」
「その上で君は学校に報告を怠った。その結果が今朝からの騒ぎだ。ここは諸侯の子弟が通う学校だ。例え彼女が子爵家のご令嬢に過ぎないからといって問題を軽視していると、取り返しの付かないことになるのだよ。」
「過去にもそういうことはございました。」
「全く、女子生徒と二人っきりってどういうことなんだ。以前の公夫なら考えられない愚行だよ。」
「本当にそうです。最近の先生は熱もなければかつてあった良き教育者としての厳格さまで失っております。このままではこの職にとどまることすら難しいと覚悟しておいて下さい。」
「そ、そんな・・・」
「後日、関係者による話し合いの場を持つ。ジェームズ君、それまでは君に自宅謹慎を命じる。」
こうして校内がざわつく中、僕は足早に帰宅することになった。
確かに、下心が全く無かったというのは嘘だ。
でも、キスくらい放課後の校舎裏では毎日のように行われているじゃないか。
何で僕がやったらこんなことになるんだ?
憤懣やるかたないとはまさにこのことだが、だからといって、あの雰囲気の中で授業をこなす自信はさらさらない。
大人しく帰宅してそのまま泣きながらふて寝する。
そして、週末を挟んだ4日後、関係者との話し合いが持たれるとのことで、私は学校に赴いた。
会議室の中には、校長、教頭の他ティアナ嬢とあの時にいた5名の男女が座っていた。
「では、先週の木曜日放課後に起きた一連の出来事について、当事者の意見を聞き、今後の判断の一助としたい。ティアナ君の気持ちが落ち着くのを待っていたがために、少し時間が経ってしまったが、皆、思う所を発言して欲しい。その前にジェームズ君、何か言うべき事は無いかね。」
無いかね、と言われましても・・・
「それでは。この度は私の不用意な行動により、ティアナ嬢及び学校に多大なご迷惑をお掛けしましたことを、ここにお詫び致します。特にティアナ嬢においては、大変な精神的苦痛を与えてしまい、大変申し訳なく思っているところです。今後は、このような誤解を招かないよう、教師としての自覚を持ち、より一層、職務に励んでいきたいと考えておる次第。何卒、ご理解いただきたい。」
「じゃあ、彼女を襲おうとしたことは認めるんだな?」
「いや、そうじゃない。あれは彼女を害しようとした訳じゃ無いんだ。」
「女子をあんな所に連れ込んだ時点で、言い訳のしようが無いと思うけどね。」
「いや、ちょっと待ってくれ。確かに僕の取った行動は軽率だったが、僕がそんなヒドいことをすると思っているのかい?」
「先生、いつも女子をいやらしい目で見てますよね。」
「そうそう。木の陰とか階段の下なんかによくいるよね。」
「いやいや、それは気のせいだよ。なんで数少ないそういうシーンばかり思い出してるんだい?」
「他の先生の顔は思い浮かびませんね。」
「他の生徒の噂にもなってますし、危なそうな先生ランキングでは、いつもぶっちぎりの首位独走ですわ。」
「それはみんなの一方的な印象だよ。悪意の操作だよ。確かに、ティアナ嬢には申し訳ないことをしたし傷つけた。それについてはいくらでも謝罪するが、誤解なんだ。決して彼女を傷つけようとした意図は無いんだ。」
「教師のくせに往生際が悪いな。」
「そうよ。ホントしぶといわ。」
「まあまあ、皆一度落ち着こうか。」
「そうですね。どちらにも決定的な証拠が無いのは事実だ。それとみんな。あまり話をセンセーショナルにしてはいけないよ。君たちは将来、この国を牽引していく立場になっていくんだから、こういう事態に直面したとき、どう振る舞うかは重要だし、何より、ティアナ嬢が守られること、これをまず第一に考えて発言しなくてはならない。」
「でも教頭先生。ティアナさんを守るのであれば、この先生を厳しく処罰するのが一番いいと思います。」
「そうです。貴族なら間違い無く謹慎か継承権剥奪レベルの犯罪です。」
「待ってよ。僕は犯罪者なんかじゃないんだから。」
「どうやら、双方の主張は平行線のままですな。」
「はい。それでは、被害者であるティアナ嬢の意見も聞きましょう。」
「どうだね、ティアナ君。皆の話を聞いた上での、今の気持ちは。」
「はい。確かにあの時は怖かったですし、私にはあの時の先生の行動が故意が事故かは分かりません。ただ、先生は謝罪してくださいましたし、殊更非合理な罰などは望んでおりません。そこは先生方にお任せします。ただ、親身になって魔法を教えて下さったことについては感謝していますし、私なんかのために怒ってくれた皆さんにも感謝の気持ちでいっぱいです。発言の機会をお与えいただき、ありがとうございました。」
「うむ。さすがだね。私たちも双方の主張は大体把握した。これから校則と過去の事例に基づき、処分を決定するが、今の時期に校内が浮き足立つことは避けたい。皆、冷静に行動するように。」
「分かりました。」
「では、ジェームズ君については、処分決定までは謹慎を継続する。」
「えっ?何故・・・」
「教師として著しく自覚に欠ける行動を行ったことは紛れもない事実だ。違うかね?」
「はい・・・」
こうして、針のむしろは終わった。
結局この後、8月31日までの職務停止と給料差し止めが決定された。