ジェームズ、問題を起こす
僕にはかつて大切な人がいた。
しかし、人の心は移ろうもので、恋とは困難の連続だ。
僕はあれから長い間、毎日を放心状態で過ごしていたら、いつの間にか新しい春が来て、また新しい生徒が入って来ていた。
そうして、ふと校内を見回していると、最近、学校がざわついていることに気付いた。
堕天使ルシファーの出現はここの生徒にも不安と動揺をもたらし、ミッチェル殿下らの出撃がそれに拍車をかけている。
彼らもこの2年で大きく成長したし、ニコラスに至っては婚約破棄を経験してなお、前に進んでいるんだなあと思い至ると、何だかやるせないような、更に沈んだ面持ちになる。
しかし、大人として、教師としてそれはいけないとも思う。
そう思い、校内を見回しながら、他の生徒を見やる。
自分も力を持つべきと勉強や鍛錬に励む者、不安に怯える者と反応はそれぞれだけど、僕は僕のできることをやるだけだ。
そうだ、僕だっていつまでも塞いでいたって仕方無い。どうせいつかは再スタートしないといけないのであれば、早い方がいい。
そして、もう一度気持ちを奮い立たせ、彼女を作るんだ。
そんな訳で、僕は今日も魔術の課外授業に明け暮れている。
推しのルシアたんがいないのは辛いし、何より心配だが、ここで良い所を見せれば彼女を作ることも可能なわけで、実益も兼ねてるんだよ。
今日も生徒達を集めて魔法の鍛錬に余念が無い。
「腰が入ってないよっ!魔法の基本は腰、腰だ。特にこの下の方をこうして。」
「キャーッ!」
「先生!何するんですか!」
「そうです。セクハラです。不潔です。」
「待て待て、僕は精度の高い魔力制御の方法を教えているだけじゃないか。」
「女子にエッチなことしてるだけですよね。」
「何を言ってるんだい?それは偏見だよ、女尊男卑だよ!」
全く、最近の若者は自意識過剰で権利意識ばかり高くて困る。
そして、熱血指導は前時代的なものとして脇に追いやられているが、魔法は身体で覚えないと上達しないものなんだ。
「君たちの目標は何なんだい?鍛錬をセクハラ認定することなのかい?」
僕は正直な心情を若者にぶつけてみる。
しかし、人生経験に乏しく、魔法の何たるかも理解していない彼女たちの反応は悪い。
「女子を馬鹿にしないで下さい。」
「そうです。鍛錬とスケベなボディタッチくらい、簡単に分かります。」
「私はネルソン先生に習いたいです。」
「嗚呼!何と言うことだ。どうして魔法の神髄と僕の崇高な理念が理解されないんだ!ああそれと、ネルソン先生は大変お忙しいかただから、あまり邪魔をしないようにね。」
何人かの女子生徒はブツブツ文句を言いながら立ち去っていくが、今の僕は、自分から離れていく女性を見ても動揺なんてしない。
それだけの経験をこの2年で積んできたんだ。
とにかく、セクハラをうやむやにできてたことに内心、胸をなで下ろしながら、残った生徒達の指導を続ける。
「さて、取りあえず今日はここまでだ。今日習ったことをマスターできれば、この学校の平均的な3年生レベルにはなる。だから反復訓練が大事だよ。」
「はいっ!」
「では解散!」
私が訓練場を後にしようとすると・・・
「先生!」
「どうしたんだい?」
「あの、まだお時間よろしいでしょうか。」
「いいけど、何が僕に用かい?」
「いえ、私、魔術が苦手で、でもクラス降格はしたくなくて・・・ですから、もう少し、教えていただくことはできないでしょうか。」
一年生かな?とても小柄なメガネっ娘だ。なんか可愛い。
「分かったよ。じゃあまずは、君が何を何処までできるかチェックしてもいいかな。」
こうして課外授業の課外授業が始まる。
彼女の名はティアナ・ボグソール。子爵家のご令嬢だそうだ。
大人しくて真面目な、この学校では平均的ともいえるご令嬢だ。
「どうだい、上手くコントロールできるようになったかい?」
「はい。感覚的に分かってきたように思います。」
「そうだよね。さっきの女性とはこれが分からなんだよ。こうしないとコツが掴めないのに。」
「は、恥ずかしいですけど、せ、先生のおっしゃるとおりだと思います。」
「じゃあ、今日はここまでにしよう。あまり詰め込みすぎても身体への負担が大きい。」
「はい。」
この日はここで終わったが、それから一週間、課外授業は休講して、彼女をマンツーマン指導した。
彼女は決して器用なタイプでは無いが、魔力量もそこそそあり、何と言っても素直で勉強熱心だ。
僕は3年目にして初めて理想の生徒に出会った気になっていた。いや、
それだけでは無いのだと思う。
「さあ、今日はこのくらいにしょう。疲れただろう?」
「はい。まだ魔力が身体を巡る感覚に慣れなくて・・・」
「みんな最初はそんなもんだよ。ちょっと酔ったような気分になるんだ。」
「そうです、ね・・・」
「いいんだよ。疲れた時は無理をしない。それが長く続けるコツだよ。」
僕は彼女を座らせ、その隣に座る。
久しぶりに見た夕焼けはとても綺麗で、そういう美しいものを愛でる心の余裕、いつから無くしていたんだろうと思いつつ、彼女の肩を抱き寄せる。
「せ、先生?」
「疲れた時はこうしていいんだ。」
そして、彼女が僕に身体を預けてきた所で、唇を重ねようと顔を近付けると。
「先生・・・いや・・・ダメです。」
彼女は腕を突っ張って僕から離れようと知るが、バランスを失って二人とも倒れ込んでしまう。
「キャーッ!せ、先生、か、堪忍して下さい!」
「あっ、いや、その」
「おいっ!大丈夫か!」
「誰、誰かそこにいるの?」
訓練場の外から人の声がする。
僕が身を起こした瞬間、彼女も素早く起き上がり、そのまま走り去ってしまう。
しばし呆然としていると、中に何人かの生徒が入って来て、ティアナ嬢を呼び止めて何か話をしているらしい。
僕も立ち上がって彼らの元に歩み寄って行くが。
「先生、これはどういうことですか。」
「そうよ、女子生徒をこんな所に連れ込んで、いやらしいっ!」
「待ってくれよ。僕たちは魔法の鍛錬をしていたんだよ。」
「最近、課外授業はやってないですよね。」
「いや、その、マンツーマンで。」
「良い言い訳ですね。」
「先生の立場を利用して、ヒドすぎますわ!」
生徒達はティアナ嬢をがっちりガードしている。
そして彼女は俯いたまま声を発しない。
あれっ? これってもしかしてすっごくマズい状況なの?
「私たちはこれから校長先生に報告します。」
「女の敵に捌きの鉄槌を!」
「おうっ!」
意気揚々と去る彼ら彼女らを、僕は呆然と見送ることしかできなかった。