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ジェームズの躓き

 さあて、シンディと付き合い始めて既に半年が経たった。

 毎日辛く忙しい仕事は続くが、彼女のお陰で何とか乗り越えられている。


 これはもう、完全にリア充の仲間入りを果たしていると言っていいだろう。

 それどころか、このまま交際が上手く行けば、結婚だって視野に入ってくるはずだ。

 そう思うと、ウキウキワクワクで心が弾んでしまう。


「春だねえ。文字通り誰が何と言っても春到来だねえ。」

 僕は今日も街に繰り出す。

 今日はデートの日では無いが、次会うときのサプライズとして婚約指輪をプレゼントする予定だ。


「相場っていくらくらいかなあ。給料三ヶ月分って結納金だったけ?まあ、プロに聞けば分かるよね。」

 僕は浮かれ気分で、たまたま目に付いた宝飾店に入る。


「お客様、本日はどのようなご用命で。」

「婚約指輪が欲しいんだけど。」

「ご予算はどのくらいのものをお考えでしょうか。」

「相場はどのくらいになるのかなあ。」

「そうですね。一般的には月給の半年分ですね。」


 思ったより随分高い。

 日本円で10万円くらいでいいかと思ってたけど、今の僕の給料からすれば200万ウィンくらいか。

 金貨200枚なんてとても持ってないし、第一、そんなもの持ち運べない。

 凄い金額だけど、貴族ならそんなものなのか?


 だが、一生に一度、しかも大切なシンディのためだ。

 頭金無しの全額ローンで購入を決めた。

 彼女の指のサイズは知らないが、こういうのはサプライズで渡すのが普通だ。

 知らない場合はだいたいの大きさで作るのだと思う。


 こうして契約を取り交わした僕は、過去最高の意気揚々さで街に繰り出す。

 金は無いがお祝いだ。


 そして、お洒落なカフェが建ち並ぶ一角に足を運んだ僕の視界に愛しいシンディの姿が入る。

 隣には見覚えのある女性が座ってスイーツを楽しんでいる。

 えっと、ヒラリーさんだっけ・・・


 まあ、シンディ以外の女性など、この際どうでもいいが、どっかのふしだらな女と違って、こういう時に女性と出歩いている彼女はやはり誠実な人だと思う。


 突然現れて驚かしてやろうと思い、僕は彼女たちに気付かれないよう他人に紛れて近付き、近くのテーブルに背を向けて座る。


 耳は彼女たちとは反対側なのだが、そのハンデを上回る集中力をもって、彼女たちの会話に耳だけ傾ける。

 そういう魔法、あったような無かったような・・・


「それでシンディ、新しい男はどうよ。」

「さすが貴族ね。金払いだけはいいから重宝してるわ。」

「何言ってるの。顔だっていいじゃない。」

「でも、服はダサいし、喋り方は何だかキモいし、話題はつまらないし、夜は速射砲だし、綜合レベルは結構低いわよ。」


「何点くらいよ。」

「28点くらいかなあ。」

「辛辣っ! あたしたちじゃお貴族様と話ができるだけで凄いんだから、最低でも50点スタートじゃない?」

「50点でスタートして28点よ。それに、エリーの出がらしみたいなものでしょ?中古は価値が下がるものじゃない?」

「まだ売約済み前だったと思うよ。」


「ならアンタはどうよ。アタシは飽きてきたからそろそろいいわ。」

「でも金づるとしては優秀なんじゃないの?」

「そりゃそうだけど、アタシだってそろそろ本命を落とさないと行き遅れよ。夜の商売なんていつまでも続けられるものじゃないし、欲に駆られて潮時を間違えちゃいけないわ。」

「でも、アンタが捨てたのを拾うのはねえ・・・」


 エリーの出がらしって何?

 エリーの唾かう○こか手垢みたいな者?


 金づるって誰?お貴族様・・・僕?


 しばし呆然・・・

 言葉が出ない。

 注文を取りに来た店員さんには悪いが、「後で」というのが精一杯だった。

 このデジャヴな感じ、嫌だなあ。

 胸が締め付けられ、胃から酸っぱい物が逆流してくるこの感覚・・・


「じゃあ、もうそろそろ捨てるの?」

「お別れって言って欲しいわ。」

「随分お急ぎなことで。」

「だってアイツ、言葉の端々に結婚を匂わせてくるの。ホントに演技がかってて臭いのよ。婚約なんてされたら最悪だし、いい頃合いだと思うのよ。」

「まだ金を引っ張ってこれたんじゃない。」

「デートの食事だってだんだんグレードダウンしてたし、もういいかって。」

「さて、小腹も満たされたし、次行こっ!」


 二人はさっきの僕と同じくらい意気揚々を支払いを済ませて去って行く。

 僕も早くここを立ち去りたかったが、足腰に力が入らない。

 仕方無くブラックを一杯注文して心を落ち着かせる。


「まだ僕は、大人の恋に踏み出すには早いっていうのか?」

 また騙された、という失望が心に帳を降ろしてくる。

 カップが空になるくらいの時間を経て、ようやく立ち上がれるくらいに落ち着いた。

 そして、力なく店を出て、華やかな街に身をさらす。


「女って、コワいもんだな。」


 唐突に訪れた別れに呆然としながら、唯一の避難先である我が家へと歩き出す。


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