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不穏な噂

 さて、試験期間中のある日、私は陛下に呼ばれて執務室に入る。

 できれば試験勉強に集中させてくれると有り難いんだけど・・・


「ミッチェル、良く来た。」

「本日は、結構物々しいように思われますが、如何様にございますか。」

 部屋の中には結構な人数がいる。

 騎士団長や軍務卿を始めとする軍監部、宮中伯や挨拶を交わしたことも無い軍人や文吏もいる。


「うむ。全員が揃ったところで、本日の議題については軍務卿から説明させる。」

「はっ!それでは早速、小職よりロフェーデ王国内の異変について報告させていただきます。」

「それは、これだけのメンバーを集めなければならぬほど重大な事なのか?」

「まだ未確認の情報が多いことはおっしゃるとおりでございます。しかし、小職の知見では判断が付かず、手遅れになってはと思い、ご参集頂いたところ。」


「まあ宰相よ。余も軍務卿から報告を受け、皆で協議した方が良いと判断したのだ。そう軍務卿を責めるな。」

「分かり申した。そういう訳ではございませんでしたが。」

「では、最近ロフェーデ王国北東部、ウラヴィニュ地方で発生している異変について説明いたします。」


 彼によると、先月末に同地方のマルシャ遺跡において大きな爆発とともに瘴気とみられる黒い霧が大量発生し、付近の村が全滅したとのこと。

 現在、ウィンスロット軍を中心とした調査団を派遣しているが、周辺の森や農地にも大きな被害がでているそうだ。


「まず、情報を整理する必要があるな。」

「そうですな。まずは正確な発生日時と軍が情報を掴んだ時点はいつか。」

「発生は2月26日の昼で、我が軍に通報があったのは3月1日でございます。」

「随分時間がかかっておるが、この地方に駐留軍はいなかったのか?」

「州都マルシャーニュに一個中隊がいるだけでございます。ここはファルテリーニ軍の担当地域ですので。」


「分かった。それで調査隊を派遣したのであるな。」

「はい。両国が一個小隊を派遣し、現場の遺跡と周辺の村々を調査中でございます。」

「では、遺跡はどのような状況なのだ?」

「はい。残念ながら、我々は往時の姿を知っている訳ではありませんが、破壊された部分の痕跡の新しさからおおよその規模は推測できます。恐らく魔道士ならバレッタ王国魔導師団以上、炸薬砲弾なら千発は下らない大きな破壊行為がなされたと推測しております。」

「そんなに凄いのか・・・」


「さすがのロフェーデにも、それほどの戦力はあるまい。」

「武装解除後の兵器がどこかに横流しされたということはないのか?」

「そのような大規模な反政府組織は把握されておりませんし、仮にそういった組織があったとしても、遺跡を目標にする理由がありません。」

「犯行声明も出ておらんのだな。」

「はい。」


「それで、爆発の原因は特定できたのか。」

「魔力の残滓を感じるとのことですので、恐らくは攻撃魔術かと。」

「それが可能なのは、ロフェーデの魔導師隊のみか。」

「しかし、武装解除後は魔導師の自由を制限し、完全に我が軍の管理下に置いております。彼らにそのような行動を取る力はありません。」

「そもそもロフェーデの魔術師では、それほどの火力はないのだろう?」

「恐らく。」


「ならば、バレッタかファルテリーニの魔導師団ではないのか?」

「何故、彼らがそんな意味の無いことをする必要がある。」

「そうですね。しかも、あれだけの魔術師を集めるなど、平時にはあり得ませんね。」

「そこで、地元住民の噂も自然と信憑性を帯びて流布してしまうのだ。」


「どのような噂が出ているのですか?」

「付近の六つの村と町がほぼ壊滅し、多くの死者が出たが、僅かな生き残りや、たまたま直後に現地入りした者たちが口々に黒い霧が立ちこめるのを見たそうです。」

「霧が出たことは確かなのでしょうか。」

「爆発による煙では無かったのですか?」

「いや、煙なら焼け焦げた匂いくらいするだろうが、そのような記憶は無いとのことだ。」

「見間違えでは無いのだな。」

「調査の過程で面識のない複数の者から証言を得たとの報告を受けております。」


「ということは、それが何らかの痕跡、あるいは事象の結果生じたものと見て間違い無いであろう。」

「それはいつ頃収まったのか、そして、どこまで広がったのかを調べ、死者の発生と照らし合わせれば、それが何なのかという手がかりになりはしないか。」


「死んだのは人だけなのか?」

「いいえ、家畜や更に農作物や樹木にも被害が及んでいるようです。」

「ということは、有毒と考えるべきだな。」


「遺跡の調査は進んでいるか。」

「やっと始めた所であり、まだこれといった情報はございませんが、兵の安全も考慮すると、今しばらくお時間を頂戴せざるを得ません。」

「そうだな。貴重な情報を持ち帰ってもらうことが最優先だからな。」

「しかし、黒く有毒かつ無臭の毒、そしてそれを霧状に広範囲に散布できる技術が何か、それもそれぞれの知見を生かし、協力して探って欲しい。」

「畏まりました」


「それと、被害者の埋葬や救援など、ロフェーデは何か行っているのか。」

「いいえ、ロフェーデの統治能力は低下しており、我々ほどの情報を持っていない様子でした。」

「ならば、ロフェーデの線も薄いと見るか?」

「いいえ、まだそこまで彼らを信用することはできません。」

「例え占領下にあるとは言え、ロフェーデの事は可能な限り彼らにやらせろ。」

「もちろんでございます。」

 こうして会議が終わり、私と陛下が執務室に残った。


「ミッチェルよ、先ほどの会議では言わなかったが、既にロフェーデ国内にはさらに深刻な噂も出ておるのだ。」

「それで人払いを?」

「そうだ。」

「それはどのような事でしょう。」

「魔王が出現したのではないかという噂が出ておる。もちろん、荒唐無稽と一笑に付すこともできようが、過去の伝承にも魔王が産み出す瘴気と、その瘴気と共に移動した例が残されておる。」


「魔王が新たに降臨したのでしょうか。」

「新たな魔王か、封印されし古の魔王が復活したのかは分からん。今、コルビー神殿に使いを出して確認させておる所じゃが、もし魔王が出現したとなれば。」

「私の出番ですか。」

「そういうことだ。事の真偽は不明だが、準備は怠るなよ。」

「畏まりました。」


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