破滅の儀式
「殿下、準備は万端整いました。」
ここはロフェーデ王国の辺境にある古い遺跡の地下。
薄暗い広間に第一王子ロアン・バルクナーとその有力な取り巻きである宮中伯、アントン・フェルネ、そして黒装束のいかにもな連中と奴隷と覚しき身なりの者多数がいる。
「本当に邪神バロールの復活はできるのであろうな。」
「はい。古代の儀式を研究し、術式の再現に成功しております。成功は疑いようもないかと。」
「そうか。かつてバロールが猛威を振るったウィンスロットとバレッタに此奴が降臨したら、我々の相手をしている暇など無くなるな。」
「ええ、彼の国にはすでに聖剣の勇者と聖女が出現しておりますが、完全体のバロールであれば、十分に勝算がございます。」
「しかし、バロールが勝ってしまうと我らも危ういのではないか?」
「ご心配いりません。封印の呪文も研究の結果、構造を把握しております。」
「しかし、聖女無しでは封印できまい。」
「今回、国内の光属性持ち三名を確保しております。彼らを使えば封印儀式を代行することは可能でしょう。」
「分かった。アントンを信じることとしよう。」
「それで、まだ陛下には内密にしておくのですか?」
「全てが成功した暁には、敵国排除功績を引っ提げて我が王位に立つ。しかし、邪神復活自体は何の功績にもならんどころか、民の心が離れる要因になろう。」
「なるほど。そこはぼかさないとなりませんな。」
「そういうことだ。」
「では殿下、儀式を始めてもよろしいでしょうか。」
「頼んだ。」
部屋の中央には鎖で繋がれた名も無き奴隷達。その周りを黒装束が囲み、何やら長い呪文を唱えている。
詠唱がどれほど続いたであろう、彼らはおもむろに手を奴隷達の方に差し出すと、部屋の中央に大きな術式が展開された。
「おおっ、これは・・・」
「これほどの召喚術式、見たことがございません。」
通常の呪文は、はそれぞれの属性をイメージさせる色だが、これは黒ともグレーともいえないまだら模様だ。
しかも術式がゆっくりと時計回りに回っているのと関係無く、よどんだ色合いは勝手な方向に蠢いている。
ロアンとアントンは声を出すこともできず、ただただそれを見つめるだけだ。
やがて、術式の回転速度は徐々に増し、床下から地鳴りのようなものが聞こえてきた。
ここで再び、術者らが呪文の詠唱を始める。
「殿下、恐らくは成功ですが、念のため、別室にお下がり願えますか。」
「そうだな。何やらよからぬ者の気配がする。」
ロアンは僅かな護衛とともに、この場を立ち去る。
そして、床下から黒い霧のような靄が立ち込み始め、奴隷達がうめき声を上げ始める。
「おおっ、ついにバロール様復活の時。」
黒い靄から雷のような光が数多く現れるとともに、靄が徐々に形を成していく。
しばらく経つと、音が突然止み、獣のような息づかいだけが聞こえるようになる。
その周りには、既に息絶えている奴隷や召喚者たちが横たわる。
「じゃ、神・・・ バロール・・・さま・・・」
「貴様ハ誰ダ・・・」
「私めは、ロフェーデ王国宮中伯のアントン・フェルネと申す者。邪神バロール様を復活させし者だ。」
「ホウ? コノ我ヲ復活サセタトイウカ?」
「はい、572年ぶりの完全復活でございます。」
「フフフッ、無知ナ貴様ニハコレガ完全体ニ見エルノカ?」
「はい。勿論でございます。それで、私は十分な生け贄を捧げ、バロール様を封印から解き放ちました。つきましては、我が僕として、願いを聞き届けていただきたい。」
「我二願イトナ? 聞ク義理ナド無イガ、勝手ニ喋ルナラ止メハセヌゾ。」
「是非とも我が僕として、にっくきウィンスロット王国とバレッタ王国を攻め滅ぼしていただきたい。その後、このロフェーデの王族も根絶やしにして頂きたいのです。」
「我二命令カ。大キク出タモノヨノウ。」
「しかし、召還した魔族は願いを聞き届けてくれるのでは無いのか?」
「魔王ガ何故、矮小ナ人間ゴトキノ話ナド聞カネバナラヌ。」
「我が僕として」
「我ニ差鈴スルナッ!」
「ガッ!」
バロールが腕を一閃するとフェルネの体は粉々に吹き飛ぶ。
そしてバロールは地上に出るため散々暴れ回った。
「サテ、ドコデ暴レテヤロウカ。我ヲ愚弄シタ聖剣持チハ打チ砕クトシテ、マズハコノ辺リノ人間ヲ根絶ヤシニスルタメノ部下ヲショウカンスルカノ。」
こうして復活したバロールは、ロフェーデ国内で猛威を振るい始める。