ロアンとアントンの思惑
ここは大陸中央にある小国ナセル。
四方を急峻な山岳に囲まれたこの国は、長らく他国との交流を避けている。
その上、小国故、他国から攻められることもなく、攻め込む国力も無い。
このため、人々から忘れられた王国と言われているが、千年の歴史を持つ古い国である。
この急峻な稜線を超えて国内に侵入したのはロフェーデの特殊部隊。
彼らの目的は、2代前、つまり約800年前、人為的に降臨した魔王の秘密を探り、その召喚魔法関連の資料を奪うためである。
工作員たちは入国後、各所に散って情報収集を行い、古文書が王宮地下と教会に保管されていることを突き止めた。
そこで彼らは舞台を二手に分け、特に潜入が得意な少数を王宮に、残りを教会の襲撃に従事させることを決め、今夜、同時作戦を行うのである。
今、本隊は王都中心部にある教会近くに集まっている。
「これからターゲットを急襲する。作戦は事前のとおり変更無し。今後、作戦終了まで一切言葉を発しないこと。いいな。」
全員がサムズアップで答える。
言葉を発しないのは、ロフェーデの関与を隠すためである。
本隊は全員で裏口から突入する。しずかに、そして出会う聖職者達を全て倒しながら・・・
教会は地下に倉庫があるため、日常的に使用されており、階段も特に隠されたものではなく簡単に見つかる。
見張りを1名残して全ての工作員が地下に潜り、古い書物を漁る。
さすがに他国の古語など分からないが、魔法の術式や魔王という単語は事前に学習しているので、そういった書物を見繕って速やかに撤収する。
そうして、僅か2時間程度で教会を退去し、あらかじめ決めておいた合流ポイントまで移動、王城潜入部隊を待つ。
そして、夜が明け始めた頃、別働隊が帰還した。
「戻って来たのは4名か。」
「はい。オリバーは殿を務め、行動不能になりましたので、やむを得ず置いてきました。」
「了解した。ご苦労であった。それで、ブツは入手したか。」
「はい。抜かりなく。」
「これで宮中伯様もお喜びになろう。オリバーは惜しいことをしたが、作戦としては上出来だ。」
こうして彼らは大きな成果を上げてロフェーデに帰還する。
そしてここは、ロフェーデ王宮の王太子専用区画の一室。
ここのところ、第一王子ロアン・バルクナーと宮中伯、アントン・フェルネは頻繁に密談を行っている。
「ナセルに向かった者達は上手くやれるのであろうな。」
「はい。我が国でも指折りの精鋭でございます。先の戦争では戦線に投入されることなく終わってしまい、彼らとしても期するものがございましょう。」
「それなら良いが、何せ事前情報が全く無い敵地での作戦だからな。」
「しかし相手は平和ボケした小国です。不意打ちなら十分成算はございます。」
「我が国の関与がバレたらどうする。」
「バレたところで、ヤツらに打てる手など無いでしょう。何せ、友好国はありませんし、吹けば飛ぶような小さき国です。」
「分かった。それで、例の教団はどうなっている。」
「現在、ウィンスロット王都、ブランドンで信者獲得を行っておりますが、頃合いを見てこちらに呼び寄せます。」
「しかしいいのか?特殊部隊はともかく、あんな怪しげな者達を使って。」
「パテ-ラ教団ですな。しかし、教会を利用するわけにはまいりませんし、魔術師や呪術師を抱えているとなれば、異端の者を利用せざるをえません。」
「まあ。工作員とは違い、失っても惜しくない連中ではあるが。」
「ご心配なく。事が成った暁には、漏らさず口を封じます故。」
「しっかり頼むぞ。失敗する訳にはいかんが、それ以上にバレてはならん。」
「それで、本当に陛下に知らせなくて良いのですか?」
「あんな小物、気にするな。それより、召還術式の復旧はすぐにできるのだろうな。」
「はい。その筋の専門家も確保しておりますれば、すぐにでも実行可能と考えます。」
「分かった。期待して折るぞ。」
「殿下、事が成った後のこと、何卒よしなに。」
「分かっておる。期待しておけ。」
こうして、冥界の門を開く企みは順調に進んでいく。




