騎士団の一日
文化祭の次の日は代休だ。
最近の俺は卒業後を見据えて、騎士団に入り浸る時間が増えており、今日は平日勤務に参加できる貴重な一日だ。
俺が厄介になっている第一大隊は午前中は鍛錬を行い、午後からは町の巡回警邏だ。
通常は三人一組だが、今日は俺がくっついているから四人だ。
「では、第6小隊第4班、北四区通常コースの警邏を開始する。」
「はっ!」
「ではニコラス予備隊士、後方に付け。」
「はっ。」
こうしてパトロールは始める。今まで何度か経験しているからどうと謂うことは無いが、油断はできねえ。
特に、職質すべき怪しいヤツの見分けは経験の積み重ねが物を言う。
「さて、詰所を出たら、もう少しリラックスしていいぞ。」
「いいのか?」
「常に緊張状態ではいざという時にベストな力は出ない。」
「そうそう。肩の力を抜いても周囲に注意を向け続ける。それはこういった現場で経験が蓄積されるんだよ。」
「なるほど。あくまでも平常心ってことか。それは大変だと思うが。」
「頭と体を連動させてるうちは難しいな。警邏中は頭の方を使い、戦う時は体を使うのさ。」
「それは何となく分かる。戦いながら考えるヤツは常に一歩遅いよな。」
「そうだ。」
「そう言うヤツは肝心な所で必ず迷う。そして、それが命取りになることがある。」
「技名を叫ぶなんてもっての外だな。」
「それで勝てる相手なら、1ランク下の技で勝てるはずだ。」
「なるほど。技なんて格好つけてる訳じゃ無くて、普段の鍛錬の結果が出てるだけだもんな。」
「そういうこと。体が覚えているものだけが、命を賭けるに値する力だ。」
本当に先輩達はいいことを言う。
どんな天才だって、やったことの無い技を咄嗟の場面で成功させるのは難しい。
「おっ?あれは。」
班長は道端で佇んでいる男の方に歩き出す。
さっきまで喋ってたのに、いや、男を見たのはほんの一瞬だったはずなのに。
「君、ちょっといいかな?」
「へい、憲兵様、何でございましょう。」
「見かけない顔だね。」
「そんなことはございやせん。あっしは地元の者でございやす。」
「そうかい?私もここの担当になって5年になるけど、会うの初めてだよね。」
「あっしは遠くからですが、時々見かけましたぜ。」
「そうかい。それで、今日はどんな用事だったんだい。」
「買い物しようかなと。」
班長は男にいろいろ話しかけていたが、満足したのか職質を終える。
「じゃあ、気を付けてな。」
「お役目、ご苦労さんです。」
そして隣の区の境にある市場に着いた途端、大きな物音と女性の悲鳴が聞こえた。
「ひったくりだ。全員追跡開始!」
「はっ!」
隊員は一斉に行動を開始するが、班長は被害女性の元に留まる。
ひったくりなんて犯罪をする者は、ほぼ全員足に自信があるようだが、騎士団員だって選りすぐりの運動能力を持っている。
たとえ甲冑と槍が重くても、それをものともしないだけの厳しい訓練を重ねている。
そして、角を二つ曲がった所で、前方に別の警邏隊員を見つけた。
「お~い!そいつはひったくりだ!」
向こうの騎士団員も犯人に立ちふさがり、槍を構える。
「止まれ!停まらんと大怪我じゃ済まんぞ!」
そこでようやく諦めたか、犯人は逃走を止め、両手を挙げた。
そう、ここは日本じゃない。抵抗すれば間違い無く命が無い世界だ。
「手に持っている物を地面に降ろせ。」
「わ、分かったよ。」
「よし、じゃあ地面にうつ伏せになれ。」
男は言われたとおり、地面に横たわる。そこで団員の一人が後ろ手に縛り、連行する。
捕まえた場所が北3区だったので、向こうの詰所に連行する。
きっと被害女性もそこに案内されているはずだ。
こうして後の取り調べを向こうに任せて、俺たちは最初の詰所に戻り、次の班に引き継ぎを行って、騎士団に帰ってきた。
「しかし、慣れたもんですね。」
「まあ、いつものことだよ。むしろ、何事も無い方が少ないね。」
「何であの男に職質を?」
「私と目が合ったときにあまりに素早く目をそらしたからね。」
「何に見えたんだい?」
「この時間帯だと、スリ、盗みの下見、即の繋ぎ、薬物売買、もう少し遅い時間だと人さらいが加わるね。まあ、手ぶらなのは分かったから、薬物の売買の線は薄いけどね。」
「でも、尻尾は掴めなかったと。」
「ああ。でも、ああやって声を掛けるだけでも抑止になるし、騎士団員に声を掛けられただけで目立つ。ヤツが仮に犯罪を行ったとしても、目撃者の記憶に残りやすいんだ。」
「ああ、職質受けてたヤツだ、って感じか。」
「そうそう。町でそれなりに知られているヤツならそれだけで一発だよ。そうでないヤツでも地元の人間に面が割れるからね。職質は効果的なんだよ。」
「そういうものなのか。」
「まあ、ニコラス君も、卒業後はこれが日常になるからね。」
俺は殿下の護衛騎士なんだが、そこはどうするんだ?
「まあ、一日でも早く慣れて、悪人なんかのさばらせたりしないぜ。」
「期待しているよ。」
こうしてルーティンの勤務は終了し、あとは終業時間まで自主練に励む。これが我が隊の一日だ。
もちろんこれだけでなく、城の警備に当たっている隊もあるし、第二大隊は現在王都郊外で演習中だ。
こうした様々な任務や訓練を経験し、俺は来たるべき時に備える。
「やっぱり、義父の言う通り、学校の勉強なんて無駄なんだよなあ・・・」