シャスタール山
翌日、私は早速バレッタ王国にあるシャスタール山に向かうことにした。
ニコラス君とドウェインくんはもちろん一緒だ。その上、本来は帰省せずに寮で警備の予定だったローランド殿下と教会から同行を命じられたルシア嬢も急遽加わることになった。
「みんなせっかくの休みなのに付き合ってもらって申し訳ない。特にルシア嬢は断れない状況で無理強いする形になってしまい・・・」
「いえ、巡礼は聖女の仕事です。いずれ行かないといけない場所ですから。」
「俺は自分の国だからな。恥ずかしいことだが初めてだしな。」
こうして一週間かけてシャスタール山麓に到着し、地元の司教の案内で祠に向かう。
「あんまり高い山じゃねえな。」
「それに木が一分も生えてないですね。」
「バロールの装備品をここに持ち込んだ際の呪いで一帯の生き物は全て絶え、麓の集落は聖女様に浄化していただきましたが、山までは手が及ばず、以来、そのままになっているものでございます。」
「あれが祠ですね。エルムズゲートのものと同じ造りです。」
「うん?あの祠って・・・」
あの石造りの小さな建物には見覚えがある。
つい先日も訪れた湖畔も祠そっくりなのである。
「近づいて拝見してもよろしいか?」
「ええ、どうぞ。」
祠には小さな扉が付いていて、薄暗いため中は見えにくいが、祭壇の後ろに石碑のようなものが見え、その下に礎石が置いてある。
「ありゃあ、俺が去年、間違ってどかしたものとそっくりだな。」
「ついでに言えば、食堂の地下にあった祭壇にもよく似てるよ。」
「もしかして、不明になってる祠って・・・」
「だとしてもニコラス君、これをどかしちゃダメだよ?」
「飲んでない時の俺は安全性が高いんだぜ?」
いや、結構危険性が高いと思うぞ?
「では聖女様、よろしくお願いします。」
「分かりました。」
ルシア嬢が跪き、祈りを捧げる。
私たちは彼女の後ろで同様に祈りを捧げる。
すると、すぐに彼女の体が光り始め、何かが弾けるような音とともに光が明度を増していく。
「これはすごいな・・・」
「これは素晴らしい・・・」
全員口アングリ状態である。
そして、周囲が光に包まれて白一色の世界になると、祠の中でうめき声が響き、礎石が小刻みに震動し始める。
「おいおい、大丈夫か?」
しかし、聖女の祈りは続く。彼女は微動だにしないが、とても力強く感じる。
しばらくして徐々に震動とうめき声は小さくなり、やがて光も収まって通常の景色が戻って来る。
最後にルシア嬢が立ち上がり、こちらに振り返る。
「祈りは終わりました。封印は強化されたはずです。」
「聖女様、誠にありがとうございました。」
「それにしてもスゲえな。本当に何か力のある物が封じられているんだろうな。」
「ルシアちゃんハンパねえな。」
「いえ、当然のことです。」
「これを書けば殿下の自由研究は完成してしまいますね。」
「私は何もしてないけどね。」
「ところで、中の物は無力化されたのか?」
「そうですね。取りあえず何も悪い影響は出ない程度になっていると思います。」
「じゃあ中を見てみねえか?」
「そうだな。ニコラス、一緒に開けてみようぜ。」
「あ、あの、ローランド様、それは・・・」
「ダメだよ。アタシの封印だって完璧かどうか分からないんだから。」
「身も蓋もないことを言うなよ。」
そう言えば、素面でも危険な人がいたっけ・・・
「大丈夫だ。封印できてるんだろ?」
「そうだぜ、ミッチェル殿下と聖剣があれば、封印して無くたって勝てるんだからな。」
そう言ってローランド殿下は扉を開け、中の石碑を持ち上げ始める。
結局、ニコラス君と二人で礎石まで動かして中身を出したが、幸いな事に何も起きなかった。
「ほら、何も起こらないだろ。」
出てきたのは刀身の黒い剣と鎧。いかにもな逸品だ。
「見るからに禍々しい物が出てきたねえ。」
「所謂アカンやつだな。」
「でも、ホントに出しちゃっていいのかなあ。」
「別にいいだろ。これが独自の意志を持っている訳じゃないんだかろうからな。」
「それに、これを封印するときにこの辺りの生き物が全て死に絶えるくらいの被害を出したんだろう?封印できてなきゃ、近付くことさえできてないって。」
「でも不思議だよねえ。勇者はそんな禍々しいものと接近戦をしたんだよねえ。」
「だから大丈夫なんだって。ドウェインも触ってみろよ。」
もうニコラス君は剣を振ってる。
いるんだよねえ。こういう向こう見ずな人。
「殿下、聖剣と打ち合ってみないか?」
「そんなことしていいのかなあ。」
「むしろ、やった方がいい供養になると思うぜ。」
「それはそうかも・・・」
私は仕方無く、ニコラス君と一戦交えることにした。
お互い構えて同時に打ち込む・・・
がしかし、一度剣を打ち合っただけで、魔王の剣が折れてしまった。
「やっぱりこういうものは、ちゃんと手入れしないといけないんだな。」
「そういう問題じゃ無いようなきもするけど。」
「しっかしまあ、よく折れるのは聖剣だけじゃないんだな。」
「ニコラス君、それは聖剣に失礼だよ。」
「でもいい自由研究になったじゃないか。どっちも折れやすいって。」
「達人同士のつばぜり合いなら折れないのかなあ。」
「剣が折れないことを気にしながら互いに戦うなんて、とても魔王と勇者の戦いとは思えねえ光景だろうな。」
「もしかしたら、ニコラス君じゃなくて魔王なら、簡単には折れないかも知れないよ。」
「そうかも知れねえし、この前みたいに簡単に折れるかも知れねえ。」
「それで、この折れた剣、どうする?」
「このまま再度封印しちまおうぜ。値打ち物なら持って帰っても良かったんだが。」
「こうも簡単に折れちゃうようなものは、価値がないよね。」
こうして元に戻した上で再度、聖女に祈ってもらい、調査は終了した。
ちなみに、二度目の祈りでは光らなかった。
もしかしたら、これも重要なことかも知れない。
それ以上に、司教の真っ青な顔の方が印象に残った。