襲撃事件
夜の帳が降りる頃、会場はすっかり舞踏会に相応しい華やかな空気に包まれ、エスコートされた女子生徒が次々入場してくる。
もちろん、お相手のいない生徒は早めに入場を済ませている。
私たち生徒会役員はホスト席に、先生は逆サイドの本来であれば来賓席に当たる場所に着座している。
「では皆さん。本日は恒例の校内交流会にご参加いただき、ありがとうございます。また、朝早くから準備、荷物の運搬など、大変お疲れ様でした。今夜は料理も最高のものをご用意しております。心ゆくまでごゆっくりお楽しみ下さい。」
私の挨拶とともに曲の演奏が始まり、テンコーのイリュージョンによりホールが赤歩く照らされると、一気に場が温まったか、生徒達の歓談が始まる。
ダンスが始まるまではみんな腹ごしらえがメインらしく、料理を並べたテーブルはどこも長蛇の列である。
「しかし、テンコーのイリュージョンとミントのキラキラは素晴らしいな。」
「確かに、こんな煌びやかな演出はイリュージョンならではだね。」
「ダンスの時にはミラーボールを使うって言ってたよ。」
「まるでディスコだな。」
「フィーバーだね。」
「まあ、踊る生徒のほとんどはヨチヨチダンスだがな。」
そうしているうちに、ジェニファー嬢やアナベル嬢たちがやって来る。
「殿下、今日はジェニファー嬢をしっかりリードしないといけねえぜ。」
「ああ。今日ばかりはローランド殿下に負けないようにハッスルするよ。」
「何か、殿下って時々年齢を感じさせることあるよな。」
「そう?年相応を心掛けているんだけど・・・」
と、その時。遠くで突然ガラスが割れる音と怒号が聞こえた。
「キャーッ!」
「どうした、何があった!」
生徒達の多くは固唾をのんで見守っているというか、何が起きたか分からず固まっている状態だ。
私たちもほぼ同様だったが・・・
「おい、全員魔法を打てる準備だ。」
ローランド殿下の一声に、役員一同我に返る。
「そうだな。」
「フラワーさん、ご先祖様、私たちの剣を取ってきてもらえないか。」
「分かったわよ~。」
「ミント、何が起きたか見てきてくれる?」
「分かった~。」
それぞれが任務に向かう。
その間にも衛兵と揉み合っているのか、剣戟の音が聞こえる。
「テンコー、イリュージョンでヤツらが近付くのを遅らせることはできるか?」
「分かった。入口に脱出イリュージョンを設置するよ。」
例の曲が会場に響き渡ると、楽団もオリーブの首飾りを演奏し始める。
今の緊張感に何とも相応しくないBGMだが、テンコーのモチベアップにこれは欠かせない。
ドア付近や、会場を取り囲む回廊に多くの足音や驚く声が聞こえる。
かなり多数の人間が外にいるようだ。
「ジェームズ先生、ネルソン先生も応戦にご協力願います。」
「もちろんだ。」
「相手次第では私が交渉役を務めよう。」
「ありがとうございます。教頭先生。」
そこにミントが戻って来る。
「外にコワいおじちゃんがいっぱいいるよ。」
「20人くらいいる?」
「うん、そのくらい。」
「ミッチェルよ、剣です。我が王族の名誉のため、勇ましく散りなさい。」
「いや、勝つつもりですが・・・」
ドンッ!
「キャーッ!」
「頭を守りながら伏せろ!」
女子生徒たちが悲鳴を上げる。
男子生徒達は女子を守っている。
こういうところはさすが貴族だ。
「爆薬か?魔術師か?」
「ごめん、あれは僕の脱出イリュージョンの仕掛けだよ。」
「えらい本格的なのを設置したんだな。」
「急なことだったんで、過去の水中脱出用のヤツしか出せなかったんだよ。」
「殿下、この機に打って出ようぜ。」
「危なくない?」
「廊下は狭かったから人数より個の力で押せる方が強いぜ。」
「よし、ニコラス君とドウェイン君、ジェームズ先生は正面入口から玄関方向、僕とネルソン先生、ローランド殿下で裏口方向に押し返そう。」
「僕たちもやるよ。」
「テンコー、ミント、フラワーさんもよろしく。」
「では、妾は残った生徒の面倒でも見ようかの。」
こうしてそれぞれ散ったメンバーで反撃を開始する。
と言うより、ネルソン先生とローランド殿下のファイヤウォールで賊を一方的に押し返して行く。
向こうにも風魔法を使える者がいるのか、時折ファイヤウォールが打ち消されるが、手数と魔力で圧倒していく。
そうこうしているうちに、ジェニファー嬢とキャロライン嬢も加わった。
「二人ともありがとう。でも、向こうは大丈夫かなあ。」
「向こうにはフラワーさんたちが向かいましたわ。」
「じゃあ、二十人程度、どうということは無いね」
こうして、10分ほど喧噪は続いていたが、賊は怪我人多数で撤退したようだった。
私たちは生徒と戦闘に向かない教職員や関係者たちに、ホールに留まるよう指示を出した。
「今夜はここで待機だね。」
「しかし、ここを襲撃するなんて・・・」
「前代未聞だな。」
「それで賊は追わないのか?」
「ミントが追ってくれてる。」
「闇雲に追って各個撃破されるのは最悪だからね。罠や増援を警戒した方がいい。」
「でも、誰か騎士団に通報させるべきだよ。」
「それでもまだ危険だな。」
「ミントの嬢報次第で反撃に出るか、騎士団に通報するかを決めよう。」
「しかし、一人くらいは捕まえたかったな。」
「深追いしないところはプロだな。」
「しかも、あまり強力に攻撃してこなかったように見える。」
「むしろ我々を人質に取ることが目的だったように思えるね。」
そうして対応を協議していると、ミントのお姉さんであるシナモンちゃんが飛んで来た。
彼女は普段、湖畔の森を管理している。
「でんか~、こわいおじちゃんたちを追いかけてきたよー~。」
「どこに逃げたんだい?」
「祠だよ。」
そう言えば、立ち入り禁止で誰も近付かない場所だったな。
「殿下、やっちまおうぜ。」
「そうな、ヤツら戦闘力は大したことなさそうだったもんな。」
「君たち、危険なことは大人に任せなさい。」
「俺たちは大人だぜ。」
「教頭先生、騎士団の到着を待っていては賊を取り逃がす可能性が高いと考えられます。」
「そうだな。怪我をした賊は逃げ足が鈍るが、足手まといは始末される恐れもある。どちらにしても今追うのがベストだな。」
「ローランド君まで・・・」
「では、生徒会役員のみで追うというのはいかがでしょう。」
「少人数はなおのこと危険だ。」
「では、ジェームズ先生とネルソン先生はここに残って生徒達の護衛をお願いします。先生の中でお一方、騎士団への通報をお願いします。」
「いや、しかし・・・」
「王族たる者、ここで先陣を切らない訳にはいかないのです。」
「王族なら、後ろに控えておくべきでは?」
「みすみす機会を逃す訳には行きませんので。」
議論を強引に打ち切ると、私たちは追撃メンバーを編制する。
当然、私とローランド殿下、ニコラス君、ドウェイン君は固定だ。
さらにキャロライン嬢、ジェニファー嬢までこれ加わってくれた。
他の生徒には残ってもらうが、彼らの中にもオリヴィア先輩やケント先輩など、かなりの手練れはいる。
これにテンコーらを加えた最大戦力を賊にぶつけることになる。




