ジェームズ、夏休みに再デビューする
さて、終業式も終わり、やっと夏休みだ。
思えば一学期は長かった。
初めてのクラス担任として業務が単純に倍近くなった上に、なし崩し的に生徒会顧問にまでされてしまって、毎日ブラックな生活を余儀なくされていた。
これも学校の僕に対する期待の裏返しなんだろうけど、体力的には本当にキツかった。
その上、精神的に辛い別れもあった。本当にここ最近の僕は精彩を欠いていたと思う。
でも、いつまでも落ち込んではいられない。転んだままでファイティングポーズは取れない。
忙しい日々から解放されたから、久しぶりに夜の街に繰り出してみる。
夏の夜はいつも賑やかだ。
開放的な雰囲気に強い酒はよく合う。
「お久しぶりですね。」
「あの日以来ですか。マスターもお元気そうで何よりです。」
「お客さんもお元気そうで何よりです。」
「とにかく仕事が忙しくてね。」
「そう言えば、あれからエリーも来ませんね。」
いかに厚かましい彼女でも、さすがにもうこの店には来られないか。
「そうですか。じゃあ、いつもの。」
「畏まりました。」
いつものモスコミュールがカウンターに置かれる。
学校の喧噪とは,全く異なる静かな大人の空間。
自分もいつの間にか社会を構成する一人になってしまったんだなと実感する。
するとドアが開き、馴染みの客が入って来たと思いきや・・・
「あらジェームズ、久しぶりじゃ無い?」
この声には聞き覚えがある。確か、エリーの友人でシンディだったか。
エリーの次に綺麗だとちょっとだけ気になっていた女性である。
「ああ君か。」
「しばらくぶりじゃない。聞いたわよ。エリーと別れたって。」
「ああ。」
僕はエリーの友人と長話をするつもりはない。
この手の女性の節操の無さは前回で懲りた。
もっと誠実な女性は他に沢山いるはずである。
「つれない返事ね。」
「僕などに用は無いはずだけど。」
「アタシにとってはチャンス到来って感じなのに?」
「僕も多少は学習能力があってね。」
「アタシとあの子を同じと考えてるなら、それは違うわよ。」
「それは知らなかったよ。類は友を呼ぶというのは迷信だったかな?」
「そりゃ、アタシがあのことつるんでたのは事実だけど、本心じゃないのよ。」
「ふ~ん。」
ハッキリ言って心底どうでも良い。
早く切り上げたいが、逃げるのは負けたような気がして立ち上がれない。
「アタシも本当はあの子にいろいろ迷惑掛けられててさ、いい加減ウンザリしてたとこなの。言ってみればアタシも被害者ね。」
「僕に比べりゃ大したことないだろ。」
「アタシだってダシに使われたことならいくらでもあるわ。ただ我慢してただけ。実際、あなたもアタシじゃなくあの子を選んだ訳でしょ。」
言われてみればその通りだ。彼女は僕に選ばれなかったことで傷ついたというのは事実だろう。
「確かにそうと言えなくも無い。でも、僕の学習能力の高さは馬鹿にしたもんじゃないよ。」
「それは認めるわ。でも、アタシだってあなたを狙ってたのに。あれだけアピールしてたんだから知ってるでしょ。」
「それは知ってる。でも、君がエリーとは違うという証明にはならない。」
「あの子軽いのよね。アナタの後に付き合ってた男とももう別れてるわ。」
「早いね。」
「結局、男なら誰でも良かったのよ。アタシも彼女のことがようやく分かったし、とても悔しいの。あんなのに負けたことも、人を見る目が無かったことも。」
そう言うと、彼女は俯いて無言になる。
僕より元気の無い彼女を見るのは辛いし気まずい。
「それは辛かったね。でも、僕にはどうすることもできないよ。」
「そんなこと無いわ。あなたならあの子を見返すことだって出来るはずよ。」
「もちろんそうするつもりだけど、だからといって僕は彼女と二度と関わるつもりはないよ。」
「関わりなんて持たなくていいわ。幸せになることが一番の復讐だもの。」
「それはそう思うよ。」
「じゃあ、見返してみない?アタシと。」
「えっ?」
「だからアタシと二人であの子を見返してやるのよ。共同戦線ね。」
「共同か・・・」
「実際にアタシと付き合わなくったっていいのよ。」
「フリをするんだね。」
「ご名答。」
「それなら協力するよ。」
マスターが彼女のカクテルを注いでカウンターに出す。
そして二人はグラスを合わせる。
「僕たちの新たな決意に乾杯。」
軽いグラスの音が響く。
僕と彼女のささやかな決起集会はグラスを何杯も空けるまで続き、その後は暑い夏の夜に誘われてホテルへ。
何だか思ってたのとはだいぶ違うが、僕の仕切り直しデビューとその第一歩だ。