7.
翌日、マイケルの命令通りドレスを購入しに行った。
王都には、王室御用達も含めてドレスやスーツの専門店がいくつかある。
サンドバーグ侯爵家は、そんな有名どころではなく初代当主の親友が立ち上げたという店を利用している。
リーズナブルだけれども、最新流行を取り入れていて高品質。
下級貴族の救いの神にして一般庶民の希望の神。
そう謳われるほど人気の店である。
サンドバーグ侯爵家の馬車で訪れると、マイケルやわたしとともに学園で競い合った店主のキースが美貌に友好的な笑みを浮かべてやってきた。
「おやおやサンドバーグ侯爵夫人。お久しぶりですね」
マイケルとモーリスは、学園を卒業後軍の学校に入学した。キースとわたしは、大学に進学した。キースは経営学を、わたしは政治学を学んだ。
学生時代の彼とわたしは、良きライバルだった。
とはいえ、マイケルのように敵対しあっていたわけではない。
競い合いつつもおたがいに尊敬し合い、敬意を表しあっていた。
つまり、彼はわたしの数少ない親友のひとりなのだ。
「こんにちは、キース。あいかわらずカッコいいわね」
長身で筋肉質。金髪碧眼の美貌。性格はやさしくて気遣い抜群。ここというときにはやってくれる。
そんな彼がモテないわけはない。
「アン、きみからの讃辞は素直に受け取っておくよ」
彼は、おどけた笑みを浮かべた。
「バークレー公爵家での婚約披露パーティー用だろう? 唐突に発表されたものだから、どこの貴族も慌てているようだ」
「そうなのね」
社交界ではめずらしい。間際に公にされたパーティーであることを、いま初めて知った。
情報通でもあるキースは、何でも知っているのだ。
「アン。きみにあいそうなドレスを準備している。既製品だけど、きみの好みにピッタリだし、機能性を重視している一品だ」
「さすがね、キース。では、それをいただくわ」
「おいおい、アン。あいかわらず無頓着だな」
キースは、大笑いした。
そう。わたしは、昔からファッションに興味はない。
マイケルにとっては、それも憎しみの対象なのだ。
ドレスだけでなく、化粧や美容に力を入れ、自分を磨いて華やかできれいな伴侶。
それがマイケルの理想なのだから。
「試着してもらわないとね。さすがに調整は必要だから」
「それもそうね」
小柄なわたしは、袖や裾の調整が必要だ。とくに既製品となると、詰めてもらわねばならない。
「ワオ。わたし好みよ」
さすがはキース。わたしの好みを熟知している。
ひとめ見て、彼の用意してくれたドレスを気に入った。
いまどきすきず、シンプルなところがいい。
毒々しいきらびやかさ。鬱陶しいほどのヒラヒラ。過剰な装飾。こちらが困惑するほどの大胆な胸元のカット。
そういったものがいっさいない。
ドレスだけれど、かぎりなくスーツに近いデザイン。
ボーイッシュ、というかおっさんファッションが好みのわたしにはぴったり。
なにより、大好きな夏の空の色がいい。
これまで見たことのない、斬新なデザインにしばし目も心も奪われてしまった。
「いいだろう? わが国では、レディはド派手でキラキラでエロチックなドレスだけれど、他の国のレディは、公の場でもフォーマルであればパンツスーツに近いものでも着用しているんだ。いや。それが流行りだといってもいい。王女様みずからが好んで着用している国もあるくらいだ。その他国の流行を取り入れてみたわけさ」
「なるほど。だけど、この国では見向きもされない。だからわたしに着用させようというわけね?」
笑ってしまった。心の底から。
心から笑えたのは、ひさしぶりのこと。
このキースとのやり取りだけでも、ここに来てよかったと思える。
「バレたね」
キースは、舌をペロリと出した。
美貌の彼は、ときおり可愛い仕種で心を癒してくれる。
彼といいモーリスといい、だれかさんに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。
「だけど、着てみたいわ」
「ファッションに興味のないきみがそう言うんだ。取り寄せておいてよかったよ」
「なんですって? じゃあ、今回のこのパーティーに関係なく取り寄せていたの?」
「ああ。きみが王都に来たときにプレゼントしようと思ってね……」
「そんなにこの斬新なファッションを試したかっただなんて、驚きだわ」
「いや、アン。それは違う……」
「さっそく着用するわね。袖も丈も詰めてもらわなきゃ、だから」
キースがまだなにか言いたそうな気がしたけれど、気がつかないふりをした。
試着し、明日には屋敷に届けてもらえるという。
「アン。パーティーが終わってからでいいから、会えないかな? 食事でもどうだい? 肉も魚も美味い、いい店があるんだ」
店を出る際、キースが囁いてきた。
「いいわよ。ぜひ。急ぎで申し訳ないけれど、ドレスをお願いね」
キースの誘いは社交辞令だとわかっているので、快諾しておいた。
「うれしいよ。では明日、届けるから。もちろん、きみの旦那様からたんまりいただくつもりだよ」
「ええ。相場の二、三倍は上乗せしてふっかけてちょうだい」
キースの冗談に冗談で返し、店をあとにした。
キースは、馬車が角を曲がるまでずっと手を振っていた。