6.
しばらくの間、王都で生活をした。
じつは、マイケルに話したいことがまだある。バークレー公爵領のことが本題だけれども、もうひとつ話さなければならないことがあるのだ。というか、直訴というか提案というか。あるいは、意見か諫言か。
マイケルの受け止め方しだいである。
とはいえ、今回もまた話すことができないかもしれない。今回は、バークレー公爵領の件で忙しくなるからと自分自身を納得させ、サンドバーグ侯爵領に帰るかもしれない。
これまでと同じように。
いずれにせよ、せっかく王都にいるのだ。無為にすごすつもりはない。自分なりに調査や情報収集をした。
バークレー公爵領のことはもちろんのこと、王都ですべてのことについて。
マイケルとは、相変わらずの関係である。
つまり、食事時に顔を合わせる程度。
バークレー公爵領の件がどうなっているかもわからない。
彼は、いつものように美貌に気難しい表情を浮かべてただ食べている。そして、食べて終わるとさっさと席を立って出て行ってしまう。
(可愛げもなにもあったものじゃないわね)
心の中で苦笑してしまう。
(向こうにしたら、わたしも可愛げないんでしょうね)
けっして彼のことは言えない。
というわけで、もうひとつの用件を切り出すタイミングがなかなかつかめないでいる。
バークレー公爵領の不正よりもどうでもいいことだけれど、わたしにとっては同じくらい大切なこと。
が、切り出しにくさは不正問題よりずっとずっと切り出しにくい。
その夜、マイケルが出て行ってひとり残って食べているとモーリスがやってきた。
彼はずっと公爵領の件を調べていて、ここのところ会っていなかった。
「やあ、アン。食後、マイケルの執務室によってくれないかな?」
「こんばんは、モーリス。わかったわ。あなたは? 食事は終わったのかしら? すぐに準備するわよ」
「ありがたい。もしかして、きみの手料理? 美味いもんな。だったら、ほんの三人前、頼めるかい?」
「任せておいて」
お茶目な彼らしい。
すぐに準備をし、モーリスが食べ始めるのを見届けてからマイケルの執務室に向った。
どうせマイケルに「遅いぞ」、と言われるにきまっている。
そう思いながら。
「遅いぞ」
推測通りだった。
マイケルとわたしは、いくら憎しみ合い離れて暮らしているとはいえ付き合いは長い。
このくらいのことはお見通しなのだ。
とはいえ、たかだかこのくらいのことだけど。
ほんとうの彼、彼の本心や本音は、当然わからない。
「申し訳ありません」
言い訳はしない。
マイケルにとってその時間がムダでしかないから。
「三日後にバークレー公爵家でパーティーが開かれる。公爵令嬢と第二王子の婚約パーティだ。それに出席する。ドレスは?」
マイケルは、どれだけ大切であったり重要なことでも、なんでもないかのように伝えてくる。
「持ってきていません」
簡潔に答えた。
持って来てはいない。ただし、領地の屋敷にあるドレスも流行遅れのものばかり。だから、社交界で着用出来るドレスじたいを所持していない。
「明日、買いに行け。キースには伝えておく」
「わかりました」
「以上だ。出て行ってくれ」
軽く頭を下げ、執務室をあとにした。
その間わずか数分。
食堂に戻ると、モーリスが一皿目を食べ終ったところだった。
(というか、このタイミングでバークレー公爵家にのりこむわけ? というか、マイケルは、いったいどういうつもりでわたしを同伴させるのかしら?)
謎だらけである。