51.
大きな扉があり、そこから奥が居住区域らしい。
ひとりも警備兵がいない。
ナンシーに続き、その大扉を通過した。
客間のある区域とは違い、ここは扉と扉の間隔が大分と離れている。
「ここです」
ナンシーは、重厚かついかめしい彫り物が施されている扉の前に立った。
彼女に頷いてみせた。その瞬間、彼女は「バンバンバン」と乱暴に扉を叩き始めた。
が、室内から何の反応もない。
すると、ナンシーは「ドンドン」と扉を足で蹴り始めた。
「お嬢様、いるのはわかっているんです。昼食を持ってきたので開けてください」
彼女は、大声を張り上げるというよりかは怒鳴り散らした。
が、それでも反応がない。
「お嬢様っ! 客であるはずのアン様が、わざわざ作ってくれたサンドイッチです。食べないのなら、わたしがいただきますよ」
ナンシーは、容赦がない。雇い主の娘であるキャサリンであろうと、彼女のマイペースっぷりはまったくぶれない。
「どうした?」
そのとき、向こうの方の扉が開いた。
ヒョッコリ廊下に顔をだしたのは、第二王子でキャサリンの婚約者であるレオナルドである。
「第二王子殿下、ご挨拶申し上げます」
いまは、持参したシャツにズボン姿という普段着である。
というわけで、ドレスの裾をあげて挨拶することができない。だから、両膝を曲げて挨拶をした。
「覚えていらっしゃいますか? 王都のバークレー公爵邸で行われた婚約披露パーティーでお会いした、アン・サンドバーグです」
「ああ、覚えているとも。『王国一の悪女』だろう?」
わたしは、「王国一の悪女」や「王国一の悪妻」と噂されている。たしかにその通りだけれど、本人を前にして平然と言ってのけるレオナルドは、デリカシーがなさすぎるのではなかろうか。
「『王国一の悪女』が、ここで何をしているんだい?」
無反応でいると、レオナルドが尋ねてきた。
「殿下とキャサリン様の婚約披露宴に招待されたのです。同時に、領地経営を指南して欲しいとも依頼されています。その為、隣のサンドバーグ侯爵領からこちらのバークレー公爵領にやってまいりました。そして、いまは昼食を届けにまいりました」
「婚約披露宴? 領地経営? それは、腹黒親父が勝手に言っていることだろう? おれは、キャサリンと無理矢理ここに送られ、いまは幽閉状態ってわけだ。ここは、暇すぎるし不便すぎる。それから、刺激がなさすぎるしつまらなさすぎる。うんざりしまくっているんだ。だが、王都に帰りたくても帰らせてもらえない」
「はぁ……」
レオナルドの愚痴に、そうとしか反応ができなかった。
ただひとつわかったことがある。
「腹黒親父」、というのがアーノルド・バークレーのことで、レオナルドは婚約者の父親、つまり未来の義父のことを、そんなふうに思っているのだということが知れた。
「おれの分、もらうよ」
レオナルドは、ワゴンの上からさっさと自分の分をゲットした。
「キャサリンは、寝室でお楽しみ中のはずだ。扉を叩こうが蹴ろうが聞こえやしない。だから、勝手に入ればいいさ。おれも、可愛いメイドがいたら連れ込んだのにな。そうだ。アン、きみはどう? 火遊び程度なら、きみの夫のマイケルに気を遣わなくてすむだろう?」
レオナルドは、やはりバカだった。
というか、モラルがなさすぎる。
「殿下。わたしは、何事をするにも全力投球なのです。ですから、火遊び程度では物足りません。灰燼に帰するまで燃やし尽くす。それがわたしのモットーです」
「王国一の悪女」っぽい不気味な笑みを浮かべ、モラハラ男に宣言した。
「アドバイス通り、キャサリン様の部屋に入室することにします。では、失礼します」
それから、キャサリンの部屋の扉を開け、さっさと入った。
ナンシーとライオネルが慌ててついてきた。




