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「やはり、罠なのね。では、キャロラインと第二王子がバークレー公爵領にやって来て、婚約披露宴をするというのは嘘なのね?」
「いや。おれが調べたかぎりでは、ふたりはやって来る。もっとも、きみを招待したバークレー公爵は来ないがね。いずれにせよ、バークレー公爵の屋敷は、準備で大騒ぎしていたよ。そして、婚約披露宴に招待されているのは、バークレー公爵領に隣接するきみや他のふたつの領主たちが招待されている」
「ええ。それは知っているわ。招待状には、他の領主とともにキャロラインと第二王子に領地経営について指南してやって欲しい、というようなことが記されていたから。それで、ライオネル。これが罠だと断言する根拠は?」
「バークレー公爵邸にプロが数名いた。執事と雑用人を装ってはいるが、あれはあきらかにプロだ」
プロというのが何のプロなのかは、確認するまでもない。
「それと傭兵どものことだが、バークレー公爵領に隣接するこのサンドバーグ侯爵領を含めた三つの領地に侵入するようだ」
「なんですって? それって、領主が不在のタイミングを狙ってのことよね?」
「その通りだ。傭兵どもを三軍に分け、同時に侵入するようだ。ただし、それが各領地に攻め入る為なのか、あるいは通過する為だけなのかはわからない」
「三領主とも私兵団を持っていない。どの領地内にも軍の駐屯地や警備隊もない。だから、領主がいてもいなくても、攻めて奪い取るのは簡単よ。しかし、もしも武装集団が自領に侵入すれば、領主はすぐにでも王都に使者を送って報告するわよね」
おそらくは、通過するだけなのだろう。
「いずれにせよ、傭兵たちの存在は知られている。三つの領地に侵入することだって、いますぐマイケルとアンソニー様に使いを出せばいい。というか、使いを出すわ」
「その方がいい。アン。そして、きみはこの件からきっぱり手を引くんだ。しばらくは、屋敷にこもっているといい。その方が、おれもきみを守りやすいから」
ライオネルは、きつい口調で言った。
彼の小粋なシャツにズボンという服装は、旅するやり手の商売人のように見える。
痩せていてどこにでもある顔立ちの彼は、商売人や農夫や盗人や詐欺師や貴族など、じつにさまざまなものに化けることができる。姿形だけではない。彼は、声真似もすごい。動物や風や雨の音など、どんな声や音も表現出来るのである。
「ライオネル。わたしは、どうせ狙われるのよね? というか、狙われているのよね? ということは、たとえ今回のこの婚約披露宴の招待を断ったとしても、彼らはここにやって来て、わたしをどうにかする。そういうことでしょう?」
疑問形ではあるけれど、尋ねているわけではない。確認したのである。
「まぁ、そうかもしれん。だからこそ、アウエイではなく、ホームグラウンドで迎え撃った方が有利なんだ」
「たしかにそうね。だけど、ここで迎え撃ったら、あなたやわたしだけじゃない。この屋敷にいるみんなも、危険な目にあわせてしまう」
「おいおいおい、やめてくれよ。アン。きみは、きみ自身のことだけ考えるべきだ。おれも含め、他のみんなのことなんてどうでもいい。みんなだって同じことを言うはずだ」
「ライオネル、あなたこそやめてよ。どうでもいいなんてこと、ぜったいにないわ。あなたもみんなも、わたしにとってかけがえのない友人なのだから。無謀なことはわかっているの。愚かなことだと自覚しているわ。だけど、もしもわたしがここで殺されたり傷ついたら、バークレー公爵の関与はぜったいにわからない。しかし、バークレー公爵領内でわたしが殺されたり傷ついたり消えたりすれば、何かしらの糸口はつかめる。もう覚悟は出来ているの。ライオネル。だから、バークレー公爵領に行かせて」
全力でお願いした。
全力すぎて、お願いし終わったとき、肩で息をしなければならなかった。
ライオネルは、わたしから視線をそらして執務机にそれを落した。
彼との沈黙は、マイケルのときと比べれば苦痛や緊張はまったくない。
苛立ちだけで、精神的にはラクである。
「わかった。ただし、約束して欲しい。ぜったいに無茶はしない。それから、おれになにがあってもかまわず逃げること」
いま、ライオネルが言ったふたつの約束を守るのは、正直難しい。
そもそも、バークレー公爵領に行くことじたいが無茶なことをしているのだから。
そして、もしも彼がわたしの身代わりになるとか戦うことになれば、彼を見捨てて逃げることは出来ないだろう。
もっとも、そういう場面でわたしに出来ることはない。彼の足手まといになるだけだろう。
「わかった。約束する」
しかし、そう答えた。
これは、ついてもいい嘘だ。
そのあとすぐにマイケルとアンソニー宛に手紙を記し、使いを出した。
翌朝、バークレー公爵領へと旅立った。




