39.
「キースが? こんなに朝早くからどうしたのかしら?」
戸惑いつつ、安堵してしまった。
「朝っぱら推し掛けて来るなんて、大迷惑なことだな」
アンソニーは、あきらかに不機嫌そうにしている。
(というか、宿泊のほうがよほど迷惑なのだけど)
心の中で、つぶやかずにはいられない。
「アンソニー様、昨日みたいにケンカなさらないで下さいよ」
昨日のことがある。忠告しておくにこしたことはない。
フレディに頼み、キースを食堂まで連れて来てもらった。
「アン、早朝からすまない」
「キース、どうしたの? 朝食はすませたのかしら? まだなら準備するけど」
「ありがとう。朝食はすませた。もう王都に帰ることにしてね。挨拶に来たんだ」
「そうか。キース、きみもいまから王都に帰るのか?」
わたしが口を開くよりも早く、アンソニーがキースに尋ねた。
「『きみも』だって、アンソニー? ということは、きみも今日この屋敷から出ていくということだな?」
キースは、どこかホッとしたような表情で尋ね返した。
「きみがいまから王都に戻るなら、おれはもうしばらく滞在してもいいかな?」
アンソニーは、いきなり翻意した。
「いや、待ってくれ。アンソニー、きみが今日王都に帰るのなら、おれがここに残る」
そして、キースもまた翻意した。
「なんだと、キース? どうしてそうなる? おれは、おれときみが同時にいなくなれば、アンが寂しくなるから残ると言っただけだ。だから、きみは予定通り王都に戻るといい」
「はぁ? アンソニー。『どうしてそうなる』という台詞、そのままそっくり返させてもらうよ。おれが残ってアンを慰める。だから、きみこそ予定通り王都に帰るといい」
結局、アンソニーとキースはケンカを始めてしまった。
フレディとメイドたちは、居心地悪そうに食堂の隅にいる。
(もうっ! よると触るとケンカばかりして。このふたり、よほど相性が悪いのね)
呆れるというよりかは、諦めの境地に入ってしまった。
「アンソニー様、キース。だから、ケンカはなしです」
同時に、長テーブルを両手で叩くと立ち上がりつつ静かに言った。
アンソニーとキースは、ピタリと口を閉ざした。
「わたしは、アンソニー様とキースが同時にいなくなっても寂しくもなんともありません。いまはめちゃくちゃ忙しいのです。あなたたちふたりがここから去ってくれれば、かえってここ数日出来なかったことが出来て大助かりです。というわけで、ふたりとも予定通り王都に帰るなり戻るなりして下さい」
「アン、強がらなくていいんだよ」
「アン、嘘をつく必要はない」
アンソニーとキースは、同時に言った。
まるで小さな子どものように地団駄踏みつつ。
(ふたりとも、まるで子どもね)
子どもみたいに可愛いのならいい。しかし、目の前にいるふたりの子どもは、ただのワガママ放題のガキである。
「強がっても嘘をついているわけでもありません。ほんとうに寂しくも恋しくも心細いわけでもありませんので。それどころか、いろいろな意味でうれしいです」
おもわず、全力で断言してしまった。というか、つい本音が出てしまった。
「奥様っ! いくらなんでも言葉がすぎます」
「奥様、いまのはアンソニー様とキース様がお気の毒すぎます」
フレディとメイドたちが何か言っているけれど、気にしない気にしない。
アンソニーもキースも王都に帰ると言っているのだ。
さっさと実行に移してくれればいい。
それが、わたしの本音であり希望である。
そして、アンソニーとキースはサンドバーグ侯爵邸をあとにした。
護衛を従え、馬を並べて去って行くふたりは、なぜか寂しそうで残念そうなオーラを発していた。




