32.
ライオネルが居間を去ると、アンソニーとふたりきりになった。
夜は更けてゆく。
使用人たちは、別棟に引き上げてしまっている。
(居心地のいいものではないわね)
それが正直なところである。
結局、ライオネルにもう一度バークレー領に潜入してもらうことになった。
アーノルド・バークレーの真意はわからない以上、集められた傭兵の動きを追うしかない。
場合によっては、ダリス王国軍が動かねばならないだろう。
具体的には、将軍であるアンソニーが軍を率い、防衛なり討伐なりしなければならない。
ライオネルが居間を出て行ってからは、そのことについてはいっさい触れていない。
収穫祭のこと、おたがいの近況、そういったふつうの会話をしている。
(やはり、落ち着かないわね)
さすがに緊張はしていないものの、相手は王子で将軍だから気を遣ってしまう。
「アン、きみは見たのだろう? 一番最初に会ったパーティーの夜に」
このどうでもいい会話がはやく終わらないかと考えていたので、アンソニーの言ったことにすぐには反応できなかった。
「え、何のことでしょうか?」
間抜けにもそう尋ね返し、すぐにアンソニーの言っている意味に思いいたった。
「呪い、なんだ」
アンソニーは、わたしを無視してつぶやいた。
左手で左半面にかかった前髪をかき上げつつ。
「の、呪い?」
彼の左半面の火傷の痕がさらされた。
居間内の気温がぐっと下がったように感じられる。
無意識のうちにわが身を抱きしめていた。
(呪いなんてこと、ほんとうにあるのかしら?)
魔術や呪術なんてものは、とっくの昔にすたれてしまっている。
「そう。呪いだよ。呪いみたいなものなんだ」
ハッとした。同時に、胸の辺りが苦しくなった。
アンソニーのその言い方が、はかなく苦しげだったから。
「明日は、早朝から収穫祭をご案内します。そろそろおやすみになられた方がよろしいかと。寝る前のホットミルクをいれてまいります」
そう言い残し、居間を出た。
まるで彼から逃げるようにして。




