30.
夕食は、キースのときと同じメニューにした。
正直なところ、メニューを考え、それに伴う準備の時間がなかったということもある。それよりも、やはりサンドバーグ侯爵領内で一般的に食されている料理の方がいいだろう。そう判断したのである。
アンソニーの護衛の兵士たちの中に、サンドバーグ侯爵領出身の青年がいる。護衛の兵士たちも同じメニューにしたら、その青年兵士はたいそうよろこんでくれた。
とはいえ、彼の母親の味にはほど遠いだろうけど。
同じ料理でも、それぞれの家庭の味というものがある。
幼い頃から食べ染めている味に勝るものはないはず。
それでも、その青年は顔をあわせると手を握らんばかりによろこんでくれた。
まだあどけなさの残る顔であれだけよろこんでくれたら、うれしいかぎりである。
そして、かんじんのアンソニーもまた、昼食のときと同様美味しそうに食べてくれた。
ダリス王国軍の食事は、わたしが考えている以上によくないのかもしれない。
それはともかく、食堂の長テーブルの上座と下座で向かい合わせになり、談笑しながらの食事は楽しかった。
アンソニーもわたしも、ほんとうに食べて喋って笑った。
アンソニーもまた、マイケルやキースや同様飲酒は付きあい程度にとどめているらしい。とくにアンソニーは、将軍という立場上、社交の場でも飲むふりをするという。
彼は、ひたすら食べることに専念するらしい。というのも、軍での食事の量はきまっている。軍では、腹八分目よりも少なく、つねにみんな飢えているのだとか。
(なるほど。味だけでなくつねに飢えているのなら、たとえわたしの作ったシンプルな料理でも美味しく感じるわよね)
納得してしまった。
わたしも大食漢。
ふたりでお腹がはちきれそうになるほど食べてしまった。
夕食後、居間に移動した。
寝る前のお茶とクッキーを楽しみながら、気になっている話をしようと思ったからである。
それは、バークレー公爵領の例の件に他ならない。
護衛の兵士たちは、フレディに別棟に案内してもらって休んでもらっている。
使用人たちが寝泊まりする為に別棟がある。さいわいなことに、部屋は充分空いているのだ。
「アンソニー様、ライオネル・パーカーを紹介いたします。彼は、さまざまなことでわたしを補佐し、補ってくれている貴重な人なのです」
クッキーが尽きかけたタイミングでライオネルがやって来た。
(というか、大量の夕食だけでなくスイーツのアップルパイまで食べたのに、皿いっぱいのクッキーまで完食するって、わたしたちどういう胃袋をしているの?)
ちなみに、アンソニーは、それほど背が高くなくて筋肉質。わたしは、小柄で太ってはいない。
(きっとアンソニーもわたし同様便秘しらずなのね)
ということにしておく。
「ライオネル・パーカーです」
「ライオネル、伝説の諜報員に会えて光栄だよ」
アンソニーとライオネルは、がっしりと握手を交わした。
そして、ライオネルはわたしの横に座った。
「じつは、彼にはバークレー公爵領の例の件を調べてもらっているのです。その件でアンソニー様にご報告があります」
「アン。きみはまだ危ないことをしているのかい?」
アンソニーは、ローテーブルをはさんだ向こう側で両肩をすくめた。




