3.
領地での仕事が落ち着いたある日、ひさしぶりに王都に出てきた。
王都にいる貴族の一部では、契約結婚とか白い結婚というものが流行しているらしい。早い話が、家やしきたりに逆らえずに結婚しなければならなくても、王家から離縁の合意を得られる期間になればさっさと離縁し、おたがいあらたな人生を歩むわけ。もちろん、そこに愛などない。おたがいに役割を演じればいいのだ。
それでも憎しみはない。おたがいに憎しみ合うことはない。
マイケルとわたしとの関係とはまた違う夫婦ごっこ。
そんなら流行りの夫婦形態はともかく、王都にやって来たのは、彼に話しがあるからに他ならない。
マイケルには何日も前に手紙を送り、屋敷に滞在する旨伝えている。
彼の「ほんとうに愛する人」と鉢合わせしたくないからである。
彼には「ほんとうに愛する人」がいて、侯爵家という体裁上屋敷に住まわせてはいないものの、親戚が泊まりにくる感覚で滞在させているはず。
わたしは、そのように推測している。
基本的には噂話は鵜呑みにしないし、使用人に尋ねたりもしない。
あくまでもわたしの想像と勘。その上で推測している。
約束の日、マイケルはすでに屋敷に戻っていた。
もちろん、出迎えてくれるわけはない。
愛馬を厩舎に預け、自分の部屋で身づくろいを整えるとすぐに厨房に向った。
マイケルに手料理を振る舞う。その準備をするためだ。
わたしが王都で彼と食事をする際には、できるだけそうしている。
彼の好き嫌いは把握している。もちろん、味の好みや食べる量も。
料理人に材料だけ準備してもらい、調理するのである。
とはいえ、マイケルには手料理とは伝えていない。
彼はいつも眉間にシワをよせ、舌鼓を打つなどとはほど遠い表情で食べている。わたしが同席しているのが気に入らないのだ。不機嫌オーラ満載のそんな彼は、わたしの手料理だとは気がついてはいないだろう。
給仕は、メイドに任せている。
メイドが彼の好きなポタージュスープを運んできたタイミングで「いただきます」と感謝を伝え、沈黙かつ憎しみに満ちた夕食が始まった。
「侯爵閣下、内密にお話があります」
そのタイミングでそう切り出した。




