23.
朝食後、サンドバーグ侯爵領に帰る準備を終えた。
サンドバーグ侯爵領からついて来てくれているわたしの片腕のライオネル・パーカーは、すでに荷馬車に荷物を積み込み待っている。
服や本をはじめ、みんなへのお土産で荷馬車はいっぱいになっている。
ライオネルもまた、マイケルが将軍だった頃の側近のひとり。参謀的な役割を果たしていただけなく、剣や体術や乗馬の腕は超一流。それだけでなく、諜報員としても活躍していた。
バークレー公爵領の隠し鉱山や領民や労働者たちへの搾取。それから不当な扱いは、ライオネルが調べてくれたからこそ知り得たものといってもいい。
マイケルは、なにもわたしの報告だから信じたわけではない。ライオネルの調査とわかっているからこそ信じたのだ。
そうに違いない。
そもそも、ライオネルじたいわたしの護衛というよりかは監視人。マイケルがわたしを監視する為に護衛とごまかし側につけさせたのだ。
さいわい、ライオネルは悪女の監視という貧乏くじをひかされても、やさしく親切に接してくれる。細面で繊細そうな外見に似合わず、わたしの料理を大量に食べてくれたり、親身に相談にのってくれたり、どんな無茶な頼みでもきいてくれる。
ありがたいことである。
「アン、もう行くのかい?」
ブラックローズにまたがろうとしたタイミングで、モーリスが屋敷内から飛び出して来た。
「ええ、モーリス。お世話になりました。どうかお元気で。彼のことをよろしくね」
彼というのが、マイケルのことであることはいうまでもない。
「彼のことは任せておけ。きみも元気で。また美味い料理を楽しみにしているよ」
モーリスと全力のハグをし、ブラックローズにまたがった。
モーリスやネイサンやランスといった屋敷のみんなに見送られ、サンドバーグ侯爵邸を出発した。
当然のことながら、そこにマイケルの姿はなかった。
キースがプレゼントしてくれた乗馬服でブラックローズにまたがり、しばらくご無沙汰になる王都の街を闊歩する。
「アンッ!」
「キース」
キースが通りで待ってくれていた。
「ブラックローズから降りなくていいよ。またしばらく会えなくなるな」
「キース、この前はありがとう」
先夜の別れ際のことが頭をよぎり、少しだけ気まずい気がする。
「乗馬服、似合ってるよ」
「キース、あなたの見立てですもの。でも、そういってくれてうれしいわ」
「今年こそは、店の都合をつけてサンドバーグ侯爵領の収穫祭に行くよ。案内してくれるかい?」
「ほんとうに? 大歓迎よ。案内するわ」
「楽しみだよ」
「わたしもよ。待ってるわね」
「ああ。しばしのお別れだ」
「さようなら、キース」
キースは、荷馬車からライオネルが見ていても躊躇せず、馬上手綱を握るわたしの左手を取って素早く口づけをした。
キースは、ずっとわたしの背に手を振り続けていた。




