22.
帰り道もまた、ライトニングに乗るマイケルのあとに続く。
レッドヒルを出て少し経った頃、マイケルは街道から脇道へとそれた。
広大な森の小道をひたすら進む。
護衛たちは、あいかわらず距離を置いて追いかけてくる。
どの位経っただろうか。
左右に広がる木々が突然なくなった。
その瞬間である。
目の前に夕陽が現れた。
眼下には、真っ赤な夕陽で赤くきらめく湖が広がっている。
「なんてきれいなの」
叫んでいた。
感動で涙が出そうになった。
サンドバーグ侯爵領にある屋敷は、丘の上にある。二階にある自室のテラスから、夕陽を見ることが出来る。夕陽を受け、丘の下に広がる小麦畑が真っ赤にきらめく。そして、一階の執務室の窓からは、朝陽が見える。朝陽を受け、牧草地がキラキラ光るのだ。
この光景は、そんなサンドバーグ侯爵領の屋敷で見るものよりすごい。
叫んだきり、それ以上言葉が出ない。
涙が止まらない。鼻水まで出て来た。
「これを見せたかった」
マイケルがつぶやくように言った。
彼もまた、真っ赤にきらめいている。トレードマークの銀髪まで赤くきらめいている。
わたしたちは、夕陽が沈んでしまうまでそこにいた。
月と星の明かりの下、マイケルの後ろを走り続ける。
(マイケルは、わたしをどうしてあそこに連れて行ったのかしら? アンジェラにもあの光景を見せたのかしら?)
王都の屋敷に帰るまで、ずっとそのことを考えていた。
あのことを話すチャンスだったのに、と気がついたのは、寝台の上で何度も寝返りをうっているときだった。
マイケルとの最後の朝食。
彼の好きなパンケーキを作った。スクランブルエッグとソーセージとサラダ。それから、昨日レッドヒルで作ったチーズを添えた。フルーツもレッドヒルの果樹園のオレンジ。
いつも通りの席。いつも通りの沈黙。
それでも、昨日のことがあってから気分的に違うような気がする。
マイケルの刺々しい雰囲気が和らいでいるように感じられる。
(わたしの希望的観測ね)
パンケーキにブラックベリーのジャムをのせつつ苦笑する。
「朝食後、準備をして領地に帰ります。屋敷の人たちに伝言や用事はありませんか?」
マイケルが食後のお茶を飲み始めたタイミングで尋ねてみた。
「いや、特にない」
「帰ったら、収穫祭の準備で忙しくなります」
収穫祭は、サンドバーグ侯爵領の最大にして最高の祭りである。
領地内や近隣の領地の人々だけでなく、王都や遠い領地の人々、近隣国からも人が集まってくる。
マイケルに代わって采配するけれど、規模が大きいだけにトラブルに見舞われることも少なくない。
それでも、毎年なんとかやり遂げている。
「今年も頼む。例の件の調査だけでなく、いろいろあるからな」
マイケルは、今年も帰ることが出来ない、と言いたいのだ。
(というよりか、帰りたくないのね)
「精一杯頑張ります。あっ、そうでした」
例の件で思い出した。
「先日のバークレー公爵家のパーティーのことですが……」
最後にアーノルド・バークレーに『領内の鉱物資源などについて秘密がある』、ということを言ったことを伝えた。
「わたしは悪女です。夫のあなたが不在をいいことに、鉱物資源に秘密があるのだとほのめかしました。バークレー公爵は、わたしがバークレー公爵領で行われている不正にも気がついていると受け取ったはずです。おそらく、彼は悪女のわたしがそれをもとに彼を強請るつもりだと思い込んでいるでしょう。わたしの勘では、彼の様子から不正が行われていることはまず間違いないかと」
「なんだと?」
マイケルは立ち上がった。
「なぜそんな愚かな、いや、挑発をしたんだ? いや、もういい」
マイケルは、怒りの形相で食堂を出て行ってしまった。
「また彼に憎まれたわね」
たしかに、アーノルド・バークレーを挑発したことになる。
愚かだった。
いまさらながら反省した。




