21.
もちろん、わたしも乗馬服の上に着用している。
意外すぎたのは、マイケルも乗馬服の上にエプロンを着用していること。
(か、可愛らしいじゃない)
いまはわたし以外にも大勢の人がいるため、彼の美貌には笑みが浮かんでいる。
その笑顔がまた、可愛い花柄のエプロンとあいまって可愛らしく見える。
彼が参加することじたい想定外。
厳密には、彼がわたしと参加することが、である。
マイケルは、領地に帰って来たら率先して屋敷の作業に参加する。それだけではない。領地内で人手が足りなければ手伝いに行く。
通常は、マイケルはいない。だから、わたしが彼の代わりにやっている。
というわけで、彼がこういう作業じたいに参加するのはめずらしくもないのだ。
ただ、わたしと参加するというのがめずらしいだけ。
ちなみに、前回も彼は参加している。
とはいえ、エプロンを着用せず、見ているだけだったけど。
その彼が、今回は一緒に作業をしている。
わたし以外にもたくさんの人がいるから。
参加者の親子連れで、四歳の双子の男の子と女の子がいる。
どちらも聞き分けが良く、好奇心旺盛。両親と一緒に、与えられた作業を必死にこなしている。
(なんて愛くるしいのかしら。二人なんて贅沢はいわない。ひとりでもいれば、マイケルもわたしも……)
愕然とした。
ほんとうに驚いた。驚いたと同時に罪悪感を抱いた。
まるで国王を殺そうとしたかのような、そんな罪悪感に苛まれた。
(なにをいっているの? わたしに子ども? そんな資格なんてないのに。しかもマイケルとの? そんなことは、この世界が終焉を迎えるのと同じくらいありえないことよ)
「なにをボーッとしている?」
マイケルに注意され、ハッとした。
作業の手が止まっていたのだ。
彼に目を向けるまでに、彼はわたしの視線を追っていた。
双子の子どもたちに、である。
パンを発酵させている間、生地を焼く窯の準備をしなければならない。
ふたりとも薪を三本ずつ抱えて歩いている。
おたがいぶつかり合い、同時に尻もちをついた。
体が勝手に動いていた。ふたりに駆け寄ろうとしたのだ。しかし、わたしがふたりに近づくよりも早く、マイケルがふたりに駆け寄っていた。
「えらいぞ、ふたりとも」
彼は、二人を立たせながら褒めた。
「お手伝いがちゃんと出来て、尻もちをついても泣かない。お尻は痛くないか?」
「うん」
「痛くないよ」
双子は、とろけるような笑顔で答えた。
「よし。薪を窯まで持っていけるかな?」
「大丈夫だよ」
「持っていけるよ」
「じゃあ、頼むよ」
マイケルが窯を指差すと、双子はまた薪を抱えて歩き始めた。
(もしもわたしたちが憎しみ合うことのないふつうの夫婦なら、ちょうどあの子たちの年頃の子どもがいたかもしれない)
そこまで考えてハッとした。
(もしかして、アンジェラとの間にいるのかしら?)
さすがに、それはないだろう。
子どもをもうけるとしても、わたしと離縁してからになる。
(って、そもそもわたしとの間っていうのはないのに。それに、離縁後にアンジェラと子どもをもうけようがもうけまいが、わたしには関係ないじゃない)
どうかしている。
「おい、そろそろ発酵が終わるだろう? 行くぞ」
「は、はい」
愚か者。
いまのわたしには、その言葉がピッタリに違いない。
チーズとパンが出来上がった。
場所を移し、バーベキューと一緒にいただく。
レッドヒルで加工された肉やソーセージ、イモやコーンなどを焼き、みんなで食べた。
双子たちもはしゃぎつつ食べている。
「もしかして、宰相閣下ではありませんか?」
「間違いないわ。サンドバーグ宰相閣下よ」
脂やソースのはね防止にエプロンはつけたままである。
いつもとまったく恰好や雰囲気が違っていても、マイケルの銀髪と美貌はインパクトがありすぎる。
みんなでワイワイ話をしながら食べている最中、老夫婦に尋ねられた。
「ほんとうだ。宰相閣下だ」
「宰相閣下よ」
全員が注目した。
「妻とともに、こうしてみなさんと一緒に楽しませていただくのが、最高の癒しになるのです」
マイケルは、きらめく笑みとともに告げた。
(マイケルのこんな笑顔も初めて見るわ)
いつもの宰相用の笑顔ではない。アンジェラに見せていた笑顔でもない。
リラックスしているような、それでいて心から楽しんでいる。
本気の笑顔。
「それなら、もっと楽しみましょう」
だれかが言い、さらに盛り上がった。
ここにいるだれもが、いまはプライベートであるということを尊重してくれている。だれも政治的なことや経済的なことは話さない。あくまでも自分たちと同じように遊びに来ている参加者として接してくれている。
飾る必要も警戒や猜疑を抱く必要もない。
純粋に会話し、笑い、おどけ、いじったりいじられたりし、心から楽しんだ。
マイケルもわたしも、最高のひとときをすごした。
名残惜しいけれど、レッドヒルをあとにした。




