18.
アンソニーとのお茶会から戻ると、マイケルが帰宅していた。
「アン、今日もきれいだよ」
モーリスは、いつものように愛想がいい。
「モーリス、あなたも可愛らしいわ。唐突だけど、あなたは良い人はいないの?」
モーリスは、可愛らしいしやさしいし頼り甲斐がある。良いレディがいてもおかしくない。
「この外見ではね。ほら、いつもマイケルと一緒にいるだろう? 世のレディたちには、このおれはよりいっそうチビのデブに見えるらしい」
「なんですって? それは、レディたちの見る目がなさすぎるのよ。男性の見た目が良いのは、あくまでも観賞用。パートナーは、やはり中身よ、中身」
だれかさんみたいに、とは言えない。
とはいえ、そのだれかさんもわたしに対してのみだけど。
そのとき、バークレー公爵家の東屋でのマイケルとアンジェラの密会が脳裏に浮かんだ。
「アン、ありがとう。そう思ってくれるのは、きみだけだよ。おっと、マイケルが帰宅しだい執務室に来るように、とのことだ」
「わかった。すぐに行くわ」
「それから、キースが『明日、アンに予定がなければ時間が欲しい』と」
「キースが?」
乗馬服のことに違いない。
「そちらも了解。モーリス、夕食を一緒にどう?」
「今夜は遠慮しておくよ」
「そう。残念ね。じゃあ、行きましょうか」
マイケルの執務室へ向かいかけた。
「今日は、これで失礼するよ」
「なんですって?」
心底驚いた。
ということは、マイケルとふたりきりになってしまう。
「さぁ、行った行った」
モーリスにお尻を叩かれ、マイケルの執務室へと追い立てられた。
「アンです」
「入れ」
マイケルの執務室へ入ると、彼は執務机から顔を上げることなく書類を読み続けている。
「ご用でしょうか」
マイケルは、わたしとふたりきりになること、それからわたしに時間を費やすことを嫌っている。
さっさと用件を聞き、ここから出ていきたい。
(だけど、もうひとつの話したいことを話すチャンスよね)
そう。王都に出てきたもうひとつの理由。
長年話したくても話せなかったこた。
(ふたりきりのいまこそ、話すチャンス)
「いつ領地に帰る?」
「ここ数日のうちには。明日は、キースから乗馬服を受け取るつもりですので、できれば明後日にでも」
「ならば、明後日はあけておけ。話は終わりだ。出ていけ」
一方的に言われてしまった。
その間、マイケルは一度も顔を上げない。
ここまできたら、徹底しすぎていて逆に爽快である。
話そうにも話せる状況ではない。
「わかりました。失礼します」
諦め、執務室をあとにした。
(明後日あけておけって、どういうことなのかしら?)
執務室の扉を閉じ、それにもたれつつ考えてしまった。
夕食は、マイケルと一緒にできる。
気がついたら、いつもより張り切って料理を作っていた。
が、食べるときはいつもと同じ。
メイドが控える中、マイケルはかわらず美しい顔の眉間にシワをよせ、気難しい表情で食べている。
(いつもなら、この席にアンジェラ・オールブライト伯爵令嬢が座っているのよね。いえ。わたしだからこそ、これだけ距離を離しているけれど、彼女なら彼の左右どちらか前か、隣どうしの席にしているわね、きっと)
そして、おたがいに微笑み合いながら食べるのだ。
(楽しい食事でしょうね)
ますますはやく領地に帰った方がいいような気がしてくる。
そんなことを考えながら、味気ない食事を終えた。




