13.
途中から食べることに専念した。
愛想を振りまくのに疲れたからである。
政敵のパーティーとはいえ、全員がマイケルに敵意を抱いているわけではない。
マイケルは、さまざまな改革や改正を行い、いくつもの成果をあげ、秩序と平和と安寧をもたらせた名宰相である。その彼が邪険に扱われるようなことはないだろう。一方、アーノルドは権力をかさに着、やりたい放題やっている。反感や不信感を抱いている人たちも少なくはないだろう。
マイケルに好印象を持ってもらおうと、近づいてくる人もいる。
とはいえ、アーノルドの権力は絶大。宰相とはいえ、いまのマイケルではどうにもできない。
壁際のテーブルに並ぶ料理の数々はどれもめちゃくちゃ美味しく、ドレスがはちきれてしまいそうなほど食べてしまった。
腹ごなしに庭園でも散歩してみようと、テラスから庭へ出てみた。
バークレー公爵家の庭園は、王宮のそれにひけをとらないと聞いたことがある。
ブラブラと歩きはじめた。
たしかに広くて大きい。月光の下、無数の花壇でさまざまな種類の花々が咲き誇っている。
庭園の向こうには森が見える。冒険ごっこができそうなほど広いんだろう。
当然のことながら、これみよがしの噴水や銅像やオブジェがここかしこに配置されている。
いくつもの花のアーチを潜り抜けて森に入ると、東屋が見えてきた。
東屋でひとやすみしよう。
そう思った瞬間、そこに黒い影が見えた。
足が止まった。
ふたつの黒い影。
黒い影が月光にさらされた。
その瞬間、木のうしろに隠れていた。
マイケルだったのだ。それから、見知らぬレディ。
上品な美しさ。やさしい雰囲気。
(あれがほんとうの淑女、というのね)
ひとめでわかった。
(彼女がマイケルの『ほんとうに愛する人』、なのね)
同時に、そう直感した。
気がついたら、全力で走っていた。
どこへ向かっているのかもわからないし、どこへ行きたいかもわからず。
とにかく、目の前に続く道を駆けに駆けていた。
月や星の光は降り注いでいて明るいはずなのに、なぜか視界が悪い。視界は、雨が降っているように濡れぼそっている。
視界が悪いから、木々の間から人影が現れたことに気がつくのが遅く、避けることができなかった。
「おっと、これは失礼」
人影にぶつかってしまった。しかも、ぶつかった相手がごつすぎた。
よろめき、倒れそうになったところをその相手が受け止めてくれた。
「レディ、大丈夫かい?」
抱きかかえられていた。
彼の左半面は、前髪に覆われている。
月光の下、それがやけに際立って見えた。
「だ、大丈夫です。こちらこそ、失礼いたしました」
彼の両腕から逃れようと身をよじった。
その瞬間、彼の左半面が垣間見えてしまった。
ひどい火傷の痕を見てしまったのだ。
「ほんとうに?」
「ええ、ほんとうに大丈夫です」
がっしりとした腕。背は低くてがっしりしている。贅肉ではなく、筋肉の塊なのだろう。
そのがっしりとした腕が、わたしをちゃんと立たせてくれた。
「ぶつかってケガしなかったかい? どこか痛めなかったかい?」
あらためて向き直った。
前髪に覆われた左半面を差し引いても、だれもが振り返るような美貌ではない。
しかし、右の瞳に釘付けになってしまった。
(なんてきれいなルビー色の瞳なのかしら)
きれいという意味は、本来の美しさとは少し違う。
穢れがなく、まっすぐで澄んでいるという意味である。




