10.
この日一日、どうにも落ち着かない時間をすごした。
マイケルのこと。キースのこと。そして、明日のパーティーのことが気になりつつ。
パーティーの当日、この朝も落ち着かない。
さすがに男性たちのことよりパーティーのことで頭がいっぱいの状態。
軽くランチをすませ、準備にとりかかった。
わたしの場合、慣れていないからメイドたちの力を借りなければならない。
そして、メイドたちはこういうときはめちゃくちゃ張り切る。
めったとないわたしのおめかし。
飾り立て、作り上げることに燃えまくるのだ。
案の定、メイドたちは自分たちの仕事などそっちのけである。
総出でわたしに挑んできた。
訂正。
全員が全力で作品に取りかかった。
彼女たちにとって、これはもはや作品と同じことなのだ。
そうして、彼女たちの決死の努力と永遠とも思える時間がすぎ、完成した。
準備が整ったわけ。
みんなも大変である。
忍耐と苦労をし、忙しくて大変な思いをしたわりにはその努力は実らないのだから。
それでも、一応は侯爵夫人のわたしに対し、お世辞のひとつも言わねばならない。
これだけ気を遣わせてしまうことに、罪悪感と劣等感とを抱かずにはいられない。
せめて違和感を抱かせないだけの出来栄えだといい。
しかし、姿見に映るわたしは、美しさとか可愛さ以前に違和感だらけだった。
(こんなのでは、マイケルの憎しみをよりいっそうかきたてるだけよね)
姿見に映る短い黒髪でまん丸い黒色の目のわたしは、苦笑している。
(そういえば、彼の愛する人は来るのかしら?)
どこのだれともわからないけれど、貴族なら出席しているかもしれない。
マイケルの愛する人を見れるかもしれない。
ハッとすると同時に胸の辺りがチクリと痛んだ。
「奥様、おきれいですよ。旦那様が馬車でお待ちです」
ひきつった笑みのメイドに声をかけられ、その思いつきを振り払った。
(とりあえず、今夜をのりきる。それがいまわたしにできる唯一のこと。がんばらなくっちゃ)
いつも以上に気合いを入れ直し、自室を出た。
「やあ、アン。すごくきれいだよ」
一階のエントランスでモーリスが待っていた。
彼は、わたしが階段を降りるまでに駆け寄り、手をとってくれた。
「モーリス、あいかわらずお世辞がうまいわね」
可愛い顔に全力の笑みを浮かべて言われればお世辞でも悪い気はしない。
「お世辞なものか。なあ、ネイサン? すごくきれいだよな」
「ええ。奥様、すごくおきれいです。そのドレス、かわっていますがお似合いですよ」
執事のネイサン・ブラッドリーまでお世辞を言ってくれる。
彼のブラッドリー家は、代々ドナルドソン侯爵家の執事を務めている。
「ネイサンまで。だけど、うれしいわ」
そう応じるしかない。
かんじんのマイケルは、せっかちな彼らしくすでに馬車に乗り込んでいた。
彼は、わたしが馬車に乗るときに手を差し伸べてくれるわけもない。
素知らぬ顔で前を見つめている。
彼の対面に座ろうとは思わない。ふつうならそうするだろうけれど。
食事時、テーブルは対面でもある程度距離がある。それでもかなり不愉快そうにしている。
たとえこの世界で一番の料理人が作った料理だとしても、わたしとの食事は苦行でしかない。美しい顔の眉間に皺をよせ、不機嫌かつ不幸そうなのだ。
馬車という狭い空間の中、それこそ膝突き合わせる距離で向かい合ったら、彼は不機嫌不幸を通り越し、地獄の責め苦を味わうような気になるだろう。
というわけで、対面ではなく隣に座ったのでる。
「遅くなって申し訳ありません」
すぐに謝罪した。
「今夜のパーティーに参加する意味、わかっているな?」
マイケルは、まったく別のことを尋ねてきた。
わたしの謝罪を受け入れるとか受け入れないとかは関係ない。
そもそも興味がないのだから。
いまから参加するパーティーにしか興味がないのだから。
(っていうか、何も話してくれないのに意味なんてわかるわけないわ)
心の中で溜息をついた。
とはいえ、推測はしている。
訂正。確信に近いものはある。
「はい。わかっています」
だからキッパリはっきりスッキリ答えた。
すると、彼は無言で頷いた。
目的地であるバークレー公爵家の屋敷に到着するまで、彼は前を向いたままだった。
チラリとさえ見ることはなかった。
それだけではなく、ドレスのお礼を言う雰囲気さえなかった。
彼は、美しい顔に気難しい表情を浮かべて拒絶のオーラを放ちまくっていた。




