信号人間
毎日、毎日、規則的な動きを続けて数十年。信号の内側に居る『信号人間』の心はストレスで爆発寸前だった。信号のサインが赤になれば直立不動のポーズをとらなければならず、青になれば横向きになり歩くポーズをとるという役割を果たさないと信号の中にいる意味がない。(ツカレタシ、アキタ!シナケレバイケナイコトダトリカイハシテイルガ、モウゲンカイ!ワタクシダッテ、ニンゲンタチトオナジヨウニアソビタイ!)電子の空間はあまりにも範囲が狭すぎて、『信号人間』は退屈過ぎて精神が壊れそうだ。この狭い信号の空間から出たい……だけどそれでは街をいく人々が困惑する。「近くに美味いパスタの店が在るんだ。今度、行かないか?」「きのう観たあの映画、マジ泣いた!名作っしょ!」「明日テストだろ?今日さ、ウチ来て勉強会やんない?」信号の横を通りすぎる人々は、『信号人間』が知らない世界の事を語り合い楽しんでいる。(ワタクシモニンゲンタチノヨウニ、タノシイイキカタヲシタイ!ジンセイヲマンキツシタイ!)『信号人間』の心では、逃亡の感情しかなかった。ある日『信号人間』は帽子を被る長身の男性を見付ける。男性の体つきは『信号人間』と類似しており、彼はあの男性になりたいと強く望んだ。青にならない信号に渡れずソワソワしている男性の目が押しボタンに向けられた。(イレカワリタイ……アノヒトト、ポジションヲ!)男性が押しボタンを押したのを、『信号人間』は見逃さなかった。(コウサ……!)押しボタンが押されたのと同時に『信号人間』が叫ぶと、男性とのポジションが入れ替わっていた。『信号人間』は初めて地上の感覚を噛み締め、世界の広さを楽しもうと歩き出した。先ず『信号人間』が辿り着いたのは、噂で耳にしたパスタの店。お洒落な概観の店の前に暫し立ち尽くし、出入りするお客を眺めていた。店の前を通る人たちは囁く。「良い匂い……お腹すいたね」「お昼、ここにする?」「賛成!」(イイニオイ?オナカスイタ?)皆が何を言っているか『信号人間』には理解が出来ず、店内にはとくに入る気になれずにいた。次に『信号人間』が向かったのはキネマホール。「良い映画だったね!ラストが最高だった」「泣きまくりよ!何度も観たい!」(ナキマクリ……)「超怖かった!ヤバイよ、あれ!」「あの場所実在するらしいよ。今度行ってみる?」「いやいや、ムリムリ!絶対呪われるっしょ!」(チョウコワ……?)食い違う言葉を聞き、『信号人間』の理解力は追い付かない。館内の片隅に、映画を少しだけ視聴できるヘッドフォンが設置されてある。視聴体験している客がヘッドフォンを外したのを見て、『信号人間』も同じようにヘッドフォンを装着してみる。『速報です!観光バスを銀行強盗グループが乗っ取り、運転手と乗客数名を乗せたまま走行中という情報が入ってまいりました!』(!)映画の内容はパニック物。銀行強盗グループは運転手を脅し、バスを停めさせず走らせ続けている映像……周りの車を巻き込み、信号は勿論無視。(アアアアアアア……!)恐ろしすぎる映像を観て、『信号人間』の心に恐怖が芽生えた。(ニンゲン、コワイ!コンナモノヲミテ、イキテイルノカ!)『信号人間』観るに耐えられず、はヘッドフォンを外した。恐ろしさに耐えられなくなった『信号人間』は、もと来た道を走り自身の信号へと戻ってきた。信号の中には、あの男性がいる。〈出してください!助けて!〉信号越しに男性の叫び声が聞こえる。(ゴメンナサイ)押しボタンを押した『信号人間』は
入れ替わる瞬間、男性へとそう言葉をかけた。「……あれ?」歩道に戻ってきた男性は不思議そうにしていたが、信号の中の『信号人間』を目にすると少し考えそして歩いて行った。『信号人間』は再び規則的な動きに戻ったが、今の生き方が合っているとしみじみ感じたのだった。
完
ホラーから日常に戻りました。




