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反撃

「着水します」

「うむ」


高橋の言葉に岩佐が頷く。高橋は零観を着水させて入り江に機体を移動させた。そこには整備兵達が高橋を待っていて零観が近づくと全員一斉に機体に群がってくる。もう周囲は既に明るい。するとその時髙橋はふと気が付いたことがあった。それは朝日に照らし出された皆の顔が一様に笑顔だったということだ。整備兵の先頭に立っていた神田が操縦席横に駆け寄ってくるとはち切れんばかりの笑顔でこう言った。


「高橋さん、やりましたね! 」


神田に聞くと地上から零観がカタリナを撃墜するのがはっきりと見えたらしい。敵機が撃墜されるのを見た整備兵達は歓喜に沸いたとのことだった。彼らは皆高橋に「ありがとうございます! 」とか「良くやってくれました! 」といった言葉を掛けつつ零観を砂浜に係留して椰子の葉での擬装を施し始めた。そしてその作業が一段落するとまた皆が高橋と岩佐を囲んで我先に握手を求めた。


「戦友の無念もこれで少しは晴れる…… 」


整備兵の中にはそう言って泣いている者もいた。火を噴いたカタリナが海上に墜落したのを見た瞬間は皆お祭り騒ぎになっていたらしい。高橋はそれを聞いて嬉しくなった。だが岩佐は相変わらず冷静だった。


「おそらく敵はすぐ来る。皆なるべく密林の奥へ避難しろ」


座礁した菅谷丸の周辺はどのような攻撃を受けるか分からない。皆密林の奥に移動して身を潜ませることが出来そうなスペースを探した。自分の身体がやっと入るかどうかぐらいの大きさの穴を必死になって掘っている者もいる。だがそうしているうちに岩佐の言葉通り数十機の敵爆撃機の編隊がやってきた。


「ドーントレスだ! 退避! 」


誰かが叫ぶ。退避と言っても皆密林の中で息を潜めるだけだ。すると敵機が菅谷丸へ急降下爆撃を始めた。「ドーン! 」と大きな音が響き菅谷丸は爆発と水柱に包まれる。抵抗出来ず破壊されていく菅谷丸を見るのは辛く悔しいことであった。密林の中で伏せながら神田が「畜生め! 」と叫ぶ。その横で同じく伏せていた高橋も「早く行っちまえ! 」と大声を上げていた。だが菅谷丸への爆撃が一通り終わると米軍機は高橋達の潜む密林の方へ飛んできた。


「来たぞ!」

「伏せろ! 」


誰かの叫び声が聞こえた後米軍機が密林へ機銃弾を撃ち込んできた。高橋は慌てて地面に顔を埋める。その直後に「ドドドド! 」と激しい発射音が響き高橋の周辺に土煙が舞う。高橋はぐっと歯を食いしばり悲鳴を上げそうになるのを懸命に堪えていた。高橋は水上機に乗っている時に対空砲火を受けた経験はあるが地上で敵の機銃掃射をこれほど間近に受けるのは初めてだったのだ。航空機に乗っている時は敵を爆撃するといった任務があり集中しているので対空砲火にそれほど恐怖は感じない。だが地上で受ける機銃掃射からの恐怖は尋常なものでは無かった。航空機の機銃弾が身体に直撃すれば腕や脚などは簡単にちぎれ飛んでしまうだろう。高橋は地面に伏せて頭を両腕で庇いつつ必死に身体を小さく丸めようとした。暫くの間敵機は機銃弾を密林にばら撒いていたが十分程すると引き上げていった。敵機が飛び去った後も高橋は暫くの間震えが止まらなかったがそこへまた誰かの叫び声が聞こえた。


「艦長がやられたぞ!」


高橋は震える太腿を掌で何度かぱしぱしと叩くと椰子の木につかまりながらどうにかその場に立ち上がった。上空は静かになったが今度は地上で兵達が慌ただしくしている。横にいた神田はもう既に何処かに姿を消していた。するとそこへ岩佐が現れ高橋にこう言った。


「高橋!大丈夫か!?」

「……はい」


高橋は呆然としていてそれだけ答えるのが精一杯だった。岩佐は高橋が大丈夫だと分かるとすぐその場を離れ何処かへ歩いて行く。高橋は理由も無くその後をゆっくりと追った。すると密林の中に置かれた簡易ベッドの上に誰かが寝かされているのが見えた。上半身の服は脱がされて真っ赤な包帯がぐるぐると腹に巻かれている。それは艦長の丸山中佐であった。


「艦長!しっかりして下さい!」


周りの兵が口々にそう叫ぶ。だが仰向けに寝かされた丸山中佐は薄暗い密林の中で荒い呼吸をしながら虚ろな眼差しで天を見つめている。


「艦長!」


いつの間にか高橋の横にいた山本がそう叫んだ。すると丸山中佐はそれまで身体の横に添わせていた右手を震わせながらも空に突き上げようとしている。山本はその手をしっかり握ったが次の瞬間丸山の激しく動いていた上半身の動きが止まった。


「……艦長」


山本がそう呟きながら丸山の手をその胸の上にそっと置く。啜り泣きを始める兵の中で高橋はぼんやりと丸山の遺体を見つめていた。すると神田が高橋達のところへ来てこう言った。


「……ジャングルの中で寝かせていた負傷兵も何人か殺られました」


神田は少し落ち込んでいる様子であった。そして彼の背後には遺体を担架で運ぶ水兵の姿が見える。高橋は暫くするとふらふらと歩き始めてその場を離れた。そして密林の奥に一人で膝を抱えて座り込んだ。時間が経って夕方になっても高橋はその場でじっと一点を見つめたまま座り続けていた。






「こんなところにいたのか」


夜になって周囲が月明かりのみでほんのりと照らされる中をぼんやりと座っている高橋のところへ岩佐がやってきた。高橋は何も言わずに座り続けている。


「どうした? 腹が減ったろう? 皆のところへ戻ろう」


岩佐がそう言ったが高橋は相変わらず何も言わない。岩佐は高橋の真横に座るとこう言った。


「今日の空襲のことを……気にしているのか? 」


その瞬間高橋はびくっとした。そして漸く重い口をゆっくりと開いた。


「私がカタリナを撃墜しなければ……艦長は死ななかったのでしょうか」


岩佐は黙って高橋の言葉を聞いていた。


「あの時少佐は敵機への攻撃を控えるべきだと私に言いました。その通りしていれば艦長達は死ぬことはなかった……」

「高橋、それはお前が気にすることではない」


岩佐が不意にぴしゃりと言った。この時初めて高橋は岩佐の方に顔を向けた。


「最終的に敵機への攻撃許可を出したのは俺だ。お前はそれに従っただけで見事に敵機を撃墜した。お前は何も気にする必要はない」

「しかし……私には手柄を立てたいという個人的な欲望が正直なところありました。その為に艦長が死んだかと思うと……」

「高橋、これは戦争なのだ。戦場ではいつどんな風に殺られてもおかしくはない。そんなことを気にするぐらいなら気持ちを切り替えて次の戦いに備えろ。遣られれば遣り返すのだ」

「少佐……」

「敵の反撃を受けることは予測出来ていた。それでも俺はお前に攻撃の許可を出したのだ。それは俺だって敵に一太刀浴びせたい気持ちがあったからだ!死んでいった奴らの中にも同じ気持ちを持った奴はいた筈だ!」


岩佐の鋭い眼光が高橋に刺さるように注がれている。高橋は黙ってその視線を受け止めていた。だがその時ふと高橋達の背後からガサガサと物音がした。二人が振り向くと神田が草叢の中から笑顔で現れてこう言った。


「二人ともこんなところで何をしているのです? 食料の缶詰が無くなりますよ」


岩佐と高橋が座ったまま神田の顔を見上げる。すると神田はこう続けた。


「さあ、皆のところへ戻りましょう。そして食事をして下さい。零観が直った今お二人には頑張って頂かないと! また今朝のように見事に敵機を撃墜して下さい。私敵機が堕ちるのを初めて見たので感動したんですよ! 」

「神田……」


神田の笑顔を見ていると高橋は涙が出そうになってきた。だが神田はそんな高橋の様子には気付かずこう続けた。


「カタリナが火を噴いた瞬間は全員が大はしゃぎでしたよ! 死んでいった仲間の無念を晴らす為なら我々は零観の為に何でもします。次もお願いしますね! 」


高橋は神田に悟られないようにさり気なく目頭を拭うと立ち上がってこう言った。


「神田……ありがとう」

「皆岩佐少佐と高橋さんの頑張りに感謝していますよ。我々の中に二人の活躍を喜ばない人はいません」


するとそれまで黙っていた岩佐がこう言った。


「高橋、飯にしよう」

「はい」


高橋はここで漸くほんのりと笑顔を作ると皆のいる宿舎に向けて歩き始めた。余計なことは考えず力を振り絞ろう、高橋はそう思いながら歩みを進めた。

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