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再会

高橋はふと目を覚ました。横穴の外は真っ暗でどうやら寝ている間に夜になってしまったようだ。スコールも今は止んでいる。横を見ると岩佐は既に上半身を起こしているが身動き一つせず横穴の壁を見つめたままじっとしていた。何をしているのだろうかと思い高橋は声を掛けようとした。


「岩佐……」

「しっ! 」


話し掛けようとした高橋を岩佐は制した。どうやら何かに聞き耳をたてているようだ。高橋はその岩佐の姿から横穴に侵入者が近づいていることを察した。耳を澄ますと確かに何か人の声のようなものが聞こえる。

原住民がいよいよ我々二人を襲おうとしているのだろうか? そう高橋は思った。確かに高橋達は原住民にとって珍しいであろうものを持っている。腕時計や軍刀などがまさにそうであった。

危険を冒してでも原住民達が略奪にくる可能性は十分にあると高橋は考えつつ身構えた。岩佐は既に軍刀の柄に手を掛けている。だがその時だった。外の人間の話す声の中にはっきりと「レイカン」という言葉が聞き取れたのだ。それは零式観測機を略した言葉に違いなかった。岩佐と高橋は顔を見合わせつつも慌てて立ち上がり横穴を飛び出た。


「おおーい! 」

「我々は日本海軍だ! 」


二人がそう叫びながら横穴を出て椰子の木の合間を歩いていくと目の前にいくつかの懐中電灯らしき灯りが見える。岩佐が再び叫んだ。


「水上機母艦菅谷丸所属の岩佐と高橋だ! この島へ今朝不時着してしまったのだ! 」

「良かった! やはり岩佐少佐と高橋上等兵曹でありましたか!」


高橋はその声に聞き覚えがあった。その声の主は菅谷丸でいつも高橋達の零観を整備してくれていた神田二等整備兵の声だった。


「神田! 」

「高橋さん! 」


二人は掛け合って抱き合わんばかりに再会を喜んだ。神田は背が五尺に満たない小柄で痩せた男だった。だが部隊一の働き者でその表情には愛嬌があり高橋は菅谷丸に乗っていた時は神田をまるで弟のように可愛がっていたのだ。高橋は神田に聞いた。


「船はどうなったのだ。敵艦船に攻撃を受けているというところまでは聞いたのだが」

「敵の軽巡洋艦と鉢合わせしてしまったのです。相手は少なくとも二隻はいました。必死に逃げようとしたのですが激しい攻撃にあってもはやこれまでという時に激しいスコールに遭ったのです。これで敵は我々を見失ったようで助かりました。ですが菅谷丸は損傷激しく自力航行不能となりこのカーテレット諸島の浅瀬に乗り上げたのです」

「皆無事なのか? 」

「いえ、激しい砲撃で生き残っているのは半分ぐらいです。怪我人も何人かいます」


その時高橋の頭の中に吉村の姿が突然浮かんだ。今までは自分のことばかり気にしていたが吉村はどうなったのだろうか? 高橋は神田に尋ねた。


「二番機は? 二番機と三番機からは何か連絡があったか? 」

「いえ、何もありません」

「そうか……」


高橋は心の中で「どこかで生きていてくれ! 」と叫んだ。自分ですらこんな南の小さな島でどうにか生きているのだし吉村が不時着はしていようとも何処かで生きている可能性は十分ある、高橋は強くそう願った。その後高橋は岩佐と共に神田に案内されて浅瀬に乗り上げた菅谷丸の方へ行った。暗闇の砂浜だが懐中電灯を照らすとそこには艦橋をやや右に傾けた菅谷丸が横たわっている。菅谷丸は激しいスコールの間に浅瀬に乗り上げたので高橋達はそのことに全く気が付かなかったのだ。その場所は零式観測機を椰子の葉で覆った砂浜のすぐ近くでもある。


「この零式観測機を見てお二人が生きてこの島にいるのではないか? と思い探していたのですよ」

「そうか、とりあえずは生きて出会えて良かった」


それまで沈む一方であった高橋の心は少し明るくなった。高橋は矢継ぎ早に神田に質問を始めた。



「船は修理出来るのか? 」

「さっき機関士に聞いたところでは難しいとのことです」

「零観は被弾している。修理は出来るか? 」

「部品はありますのでおそらく出来るかと」

「燃料や弾薬は? 」

「それは大丈夫です」


船は動かせないかもしれないがひょっとしたら零式観測機は修理出来るかもしれない、そう思うと高橋の心には光明が差し込んでくるようであった。海面上には菅谷丸に積まれていたカッターボートがいつの間にか降ろされている。そのカッターボートの上では何人もの負傷した水兵が担架に乗せられており空いたスペースには菅谷丸の船上から降ろされた食料らしき荷物が置かれていた。高橋がボートに近づくと身体中を包帯でぐるぐるに巻かれて呻き声を発している男が何人もいる。高橋は思わず目を逸らしつつ再び神田に質問した。


「敵の砲撃はかなり激しかったようだな…… 」

「はい、我々は滅多打ちにされましたから。朝になる前に負傷兵と食料、武器を島に下ろします。明るくなって菅谷丸が発見されれば再び攻撃を受けるかもしれませんので。皆島の密林に隠れてもらいます」

「分かった、手伝うぜ」


高橋は菅谷丸の方に走っていこうとした。すると神田が高橋にこう言った。


「高橋さん! 先に零観を菅谷丸から離れたところへ移動させましょう! 菅谷丸の近くだと発見される危険性が高いと思います! エンジンは動きますか? 」

「エンジンは焼き付き寸前だ。今は動かせないと思う」

「では大至急応急措置をします」


神田はそう言った後整備兵を何人か連れてきて高橋達の零観のエンジンを囲んだ。そして二時間程経った時神田が高橋にこう言った。


「どうにか応急措置が出来ました。高橋さん達がさっき潜んでいた横穴の更に向こうに入り江がありましたのでそこまで零観を移動してもらえますか? 」

「分かった」


高橋は零式観測機の操縦席に飛び乗った。そして後席には案内役の神田が乗り込む。岩佐は心配そうに砂浜から高橋達を見つめていた。


「エンジンを始動させるぞ」

「回転はあまり上げないで下さい。あくまで応急措置ですから」


高橋がエンジンを始動させるとブホブホと異音はするもののどうにかプロペラが回りだした。整備兵が総出で零観を砂浜から海へ押し出す。零観はどうにか砂浜からフロートを離して海の上に浮いた状態になった。高橋はここでエンジンの回転を少し上げる。すると零観は海上を滑るように進み始めた。


「砂浜沿いを真っ直ぐ進んで下さい! 」


伝声管から神田の声が伝わってくる。暫く進むと神田の言った通り入り江があり高橋はそこへ愛機を入れた。するとそこへ先ほどの整備兵達が集まってきて零観を椰子の葉で覆い始めた。夜が明ける前に零観は隠さねばならない。零観が修理出来れば生き残る為の様々な可能性が拡がるのだ。今零観を今失う訳にはいかない、その場にいる全員が口には出さないもののそのことを痛い程理解していた。


「食料の下ろしが終わったら零観の部品をカッターに積んで入り江まで運んで下さい! 」


若い神田が整備兵達の陣頭指揮を執っている。元々神田はしっかり者なので高橋はその姿を安心して眺めていられた。そして朝になり周囲が薄明るくなるころには必要物資はほぼ地上に降ろされていた。高橋は神田達の手際の良さに感心した。高橋は神田に礼を言ったが神田は笑ってこう答えた。


「僕らの仕事はこれからですよ。昼間のうちに零観を修理して夜には飛べるようにしたいですね。零観が飛べれば友軍の基地へ救助の要請をすることも可能でしょうから」


神田はその後ほんの少し休憩を取ったがすぐに零観の修理を始めた。エンジン周りの駄目な部品を新しいものに取り替えるのだ。クレーンなどの設備がない為作業は全て人力でありかなり大変そうに高橋の目には映った。高橋も上半身裸になり汗だくになって部品を運ぶのを手伝ったがその日の夕方までには零観は直らなかった。また菅谷丸に搭載されている無線機も並行して修理が進められていたがこちらも今日は直らなかった。菅谷丸の乗員は大きく三班に分かれて一班が零観の修理を担当し、もう一班が菅谷丸の無線の修理を行った。そして最後の一班がジャングルの中の木を切り開いて簡単な宿舎を作った。座礁した菅谷丸は敵に発見されれば攻撃される可能性が高いからであった。宿舎といっても屋根は木と木を繋いだロープにシートを掛けただけでその下に菅谷丸船内から運んだ簡易ベッドを並べただけのものであった。だがそれでも高橋達にとっては十分有り難かった。


「これで今日からはゆっくり眠れそうだな」


岩佐が冗談ぽくそう言うと皆笑った。そしてその日は船内にあった缶詰が全員に支給された。高橋にはみかんの缶詰が配られたので高橋はそれを頬張った。「美味い……」高橋は思わずそうこぼした。


「食料もそのうち尽きるだろう。皆で魚釣りでもしなきゃならんかな」


岩佐がまたそう言った。するとそこへ菅谷丸で待機していて生き残った細居がひょっこりと現れた。細居は高橋を無視しつつ岩佐にこう言った。


「原住民から食料を徴収してはどうでしょうか? 」


すると岩佐の横にいた水上機の整備部隊の長を努めている山本技術少尉が低く大きな声を発した。


「私はその意見には反対だ」


がっしりとした体格にやや丸くて愛想の良い髭面の山本に対して高橋達水上機乗りはその航空機に対する整備技術に全幅の信頼を置いていた。いつも前向きで部下を温かく見守るその姿勢が好感の持てる男だと高橋は思っていた。だが今日の山本はいつもと表情が少し違う。


「細居少尉、我々はいつまでここにいなければならないのか分からないのだ。原住民にそのような手荒な真似は絶対にしてはいけない」


山本が細居にそう言った。普段あまり厳しいことを言わない山本のその表情は険しい。細居は小声でぶつぶつと文句を言っていたが山本に「私の言っていること、理解して頂けましたか? 」と念を押されると俯いて黙った。後で聞いたのだが山本技術少尉のモットーは「日本海軍軍人は万人から常に敬われるように振舞わなければならない」ということだったので細居の提案に怒りを覚えたらしい。普段は温厚な山本の珍しい怒りの表情にその場は一瞬静まりかえったがすぐに岩佐がその雰囲気をほぐすようにこう言った。


「さぁ、手の空いている者は寝よう。山本少尉、整備班も何班かに分けて交代制にして何人かは休ませて下さい」

「分かりました」


気が付くとカーテレット諸島は夕日に包まれていた。その赤い光の中で高橋は割り当てられた簡易ベッドに横になる。周囲はまだ明るいが疲労のせいか高橋は眠かった。ベッドに仰向けに横たわると目の前には南海の夕焼け空が広がっている。綺麗だ、と高橋は思った。

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