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銃撃を回避せよ!

雨雲の中の闇を抜けると眩いばかりの太陽の光で高橋は一瞬視界を奪われた。高橋は思わず目を細める。だがその数秒後目が太陽の明るさに慣れてくると高橋は思わず息を呑んで叫んだ。


「岩佐少佐! いました! 」


敵機は高橋達に白く塗られた機体下面を晒して五百m程前方やや上空を飛んでいる。雨雲の中で高橋達は予想以上に敵機に接近していたらしい。


「敵機の下から近付け。見つかるなよ」


岩佐が落ち着いた口調で高橋に指示を出す。高橋は零観を敵機の後方斜め直下に位置させるとそのまま増速して高度を上げつつ敵機に近付いていった。


「気付くなよ……気付くなよ……」


目の前やや上空を飛ぶドーントレスは高橋達の零観に気が付く様子が全くない。高橋は思い切ってドーントレスに目一杯近付いてみた。それは重厚な装甲を誇る米軍機に対して貧弱な7.7mm機銃でも初撃で致命傷を負わせる為だった。ドーントレスとの距離はみるみる間に縮まっていく。


「敵は全く気が付いていません!やってやる!」

「任せたぞ」


伝声管越しの髙橋の叫び声に岩佐が頷く。その間にもドーントレスの白い翼の下面に描かれた星のマークがどんどん大きくなってきた。その数秒の間の動きが髙橋には一分にも二分にも感じられる。そして髙橋は叫んだ。


「敵機との距離百mを切りました! 」

「後方に敵影なし、落ち着いてな」


岩佐の拍子抜けするぐらい耳障りの良い低い声が髙橋に聞こえた瞬間、髙橋は機銃の発射装置を力一杯握りしめる。タタタタ! と激しい音がしてドーントレスの機首エンジン下部に7.7mm機銃弾は吸い込まれていった。するとドーントレスは機銃弾の命中箇所付近から火を噴いた。


「やりましたよ! 少佐! 」


髙橋は思わずそう叫んだが次の瞬間敵機の破片らしきものがぱらぱらと降りかかってきた。髙橋はそれらを避けようと機体を旋回させた。


「髙橋! まだだ! 敵はまだ落ちとらんぞ! 」


岩佐の声を聞いて髙橋は慌てて旋回させた機体前方からドーントレスの機影に目を遣る。確かに敵機は火と煙を噴いて速度を更に落としながらもまだ上空を飛び左へ旋回していた。すると敵機の後部銃座が目に入ってきた。次の瞬間敵の機銃が火を吹く。


「髙橋! 回避しろ! 後部銃座の死角へ入れ! 」


岩佐少佐が叫ぶ。米軍の12.7mm機銃の威力を髙橋達はよく知っている。髙橋の脳裏にカーテレットの島で受けた機銃掃射の恐怖が蘇った。だが髙橋はその恐怖をぐっと体の隅へおしやりながら操縦桿を操る。すると零観はひらりと舞って旋回するドーントレスの腹の下へまた再び潜り込んだ。


「なかなかしぶといが……」


髙橋はそう呟きながら再びドーントレスに目一杯近づいた。速度は更に落ちて動きも鈍くなっているのだ。接近して射撃位置につくことは容易だった。髙橋は再び敵機のエンジン下部に狙いを定めると機銃を発射した。


「やったぞ! 」


敵機は今度は大きな爆発を起こした。そしてあっという間に炎の塊となって海に向かって落ちていった。数秒後には大きな水しぶきと波紋が海面に広がるのが見えた。すると岩佐が呟くようにこう言った。


「敵のパイロットは脱出出来なかったようだな……」


敵機を撃墜したことで興奮していた髙橋はそんなことは何も気が付かなかった。敵機が落ちた海上付近の上空をぐるぐると旋回しながら自分の身体の中で鼓動が高鳴る中、達成感がじわじわと広がっていくのを感じているだけだったのだ。すると岩佐は言葉を続けた。


「最後まで反撃をしてきた敵の闘志……見事なものだ」


その後岩佐は伝声管の向こう側で黙っていた。おそらく落ちた敵機へ敬礼をしているのだろう。だがここで留まっている訳にはいかない。髙橋は岩佐にこう言った。


「これより帰投します」

「うむ、早く帰ろう。我々もこの海域ではいつああなってもおかしくないのだからな」

「了解です」


髙橋は零観の進路をカーテレット諸島の方へ向けた。だがその時だった。零観の背後上空に一瞬キラリと何かが光った。勿論岩佐はその輝きを見逃さなかった。


「髙橋、高度を下げろ」

「え? 何故です? 」


突然の降下の指示に髙橋は戸惑い思わずそう聞き返した。すると今度は岩佐の怒鳴り声が伝声管を通じて響いた。


「早くしろ! 後方上空に敵機だ! 」

「えっ!? り、了解! 」


髙橋はすぐに操縦桿を前に倒し高度を下げる。だが頭の中はパニックだった。そんな髙橋を落ち着かせようとするかのように岩佐がこう続けた。


「敵はおそらく上空からの一撃離脱を仕掛けてくる。だが超低空であれば一撃離脱は難しいのだ。敵の攻撃をかわしながら何とか前方の雨雲まで逃げ込むぞ」


前方には髙橋達がつい先ほど通過してきた雨雲が広がっている。雨雲の中に入ってしまえば逃げ切れるだろう。岩佐の的確な指示に従い髙橋は零観を操る。高橋はやや落ち着きを取り戻していた。岩佐のようなベテラン偵察員が後席にいてくれることを高橋は心底有り難いと思った。


「……今度はこっちが逃げる番だな」


岩佐がそう呟くのが髙橋にも聞こえてきた。髙橋は額の汗を拭いつつ更に増速して高度を下げていった。


「来るぞ。敵機が俺達の後ろについたら合図をするから何とかして敵の攻撃をかわせ! 」

「は、はいっ! 」


髙橋は速度を目一杯上げて海面すれすれを飛んでいた。後ろを振り返って敵機の位置を確認したいが操縦桿の操作を誤ると海面に突っ込んでしまう危険がありそれは出来なかった。岩佐が伝えてくれる情報を信じるしかない。


「敵はグラマンのワイルドキャットだな。二機いるぞ。後ろ上方三百m、どんどん距離を詰めてきている」

「り、了解」


自分達はじわじわと追い詰められていく獲物なのだ、ふと髙橋はそう思った。ひょっとしたらさっきのドーントレスのパイロット達は不意を付かれて攻撃されたので今の自分達のようなじわじわと追い詰められる恐怖は感じなかったのではないか? そんなことも髙橋は考えた。


「来るぞ! 敵が射線に入ったら合図するからな! 絶対諦めるな! 」


ついさっきまで冷静だった岩佐の声が上ずっている。そのことが今まさに絶対絶命であることを高橋に感じさせた。だが髙橋はこの時急に闘志が湧いてきた。絶対に逃げ切ってやる! 心の中で髙橋はそう叫んだ。


「来るぞ! 」


岩佐のその声を聞いた瞬間髙橋は零観を右に急旋回させた。その直後にダダダッ! という敵機の機銃の発射音が髙橋の耳に入る。髙橋は思わず目を瞑ったが機体には何の異常もない。


「かわしたぞ! 」


岩佐の上ずった声がまた伝声管から響く。どうやら敵の第一撃は回避したのだ。

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