#39 革命万歳
外の様子を見ようと穴の開いた窓に顔を近づけた時、黒山の人だかりの中に杖をこちらに構えた男がハッキリと見えたの。
あの猫背の姿・・・まさか新二じゃ?
「窓から離れて伏せろ!」
もっとしっかりと姿を見ようと馬車の中で立ち上がった時、目の前の窓ガラスを二発目の銃弾が突き破り、あたしのドレスの袖をかすめた。
「かめ!」
大蒼が強い力であたしの頭を抑え込み、あたしたちはガラスが飛び散る馬車の床に這いつくばった。
外では悲鳴と怒号が飛び交い、大人数のバタバタとどよめく足音が床から耳に響いて伝わる。
心臓が早鐘を打ち、手には冷たい汗がびっしりと滲んだ。
杖のように見えたけど、中に銃が仕込まれていたのかしら。
どうしよう、怖い・・・!
あたしは一心に、外に居る新一の無事を願った。
「こんなことになるなら、君を早く自由にするべきだった。」
大蒼が悔しそうにあたしの肩を抱きながら言ったの。
「気にしないで。
開院式まで残ると決めたのは、あたし自身だもの。
今日は何があっても最後まで大蒼のそばに居るわ。」
「これ以上、私に優しくしないでくれ。
二度と私はかめを手離せなくなるから。」
大蒼が切なそうにあたしから視線を外した。
その瞬間、突然あたし側の馬車のドアが破壊音とともに蹴破られた。
ドアの向こうには、徳川公爵家の当主・葛丸様が立っていたのよ!
「革命バンザイ‼ 華族バンザイ‼」
そこにはいつもの気品に満ち溢れた公爵家の当主の面影は一ミリも感じられなかった。
頬はこけて青白い顔に生気はなく、大きな声で機械のように連呼する喉ぼとけだけが大きく上下する。
その鼻息は荒く、手には大型の刃物をギラつかせてギョロギョロと馬車の中を見回している。
やがて大蒼に焦点を合わせると、カッと目を見開いた。
「東宮、覚悟!」
大蒼が危ない・・・‼
その刹那、あたしはとっさに葛丸様に覆いかぶさるように飛びかかった。
「かめ!」
大蒼の叫び声を頭の後ろに聞きながら、あたしは葛丸様もろとも馬車から転げ落ちた。
あたしが視界に入っていなくて完全に虚を突かれた葛丸様は、コンクリートの地面にまともに頭を打ちつけもんどりを打った。
「しっかりしてよ!」
あたしは泣きながら葛丸様の胸ぐらをつかんだ。
「こうなったら言わせてもらうけど、上手くいかない人生は自分のせいよ! 決して華族に生まれたからではないわ。
できないことは誰にでもあるし、選択を間違うこともある。
大事なのは、それに気づいてどう生きるかでしょ?
こんなことで人生を棒に振るなんて、時間が勿体ないのよ!」
「お前は・・・かめなのか?
驚いた・・・ずいぶん綺麗になったな。見違えたよ。
まるで芋虫が蝶になったようだ。」
葛丸様の目に生気が戻り、震える手であたしの髪に触れた。
「お前なら、きっとこうなると思って菊子の影武者に任命したんだが、私の目に狂いはなかった。
しかし、お前をあのまま手元に置いておけば、私が悪事に手を染めることを事前に止めてくれたのかもしれんな・・・。」
大粒の涙をこぼしながら、葛丸様が天を仰いだ。
「もう遅いかもしれないが、お前や菊子を巻き込んですまないと思っている。
―もしあの世で会えたら、声をかけてくれよ。」
上に乗ったあたしを横に突き落とすと、葛丸様は自らの腹に刃物を深く突き立てた。
あたしは思わず両手で目を覆い、助けを求めた。
「誰か、誰か来てください! 葛丸様を助けて‼」
すぐにたくさんの護衛官が葛丸様を取り囲み、その姿は見えなくなってしまった。
もっと早く、葛丸様とお話ができていたら・・・。
騒然とする現場で、あたしは幼い頃に憧れたピアノの前に座る葛丸様を思い浮かべて胸が苦しくなった。
立ち上がろうとして、あたしは足に力が入らないことに気がついたの。
お腹がひんやりと冷たく痺れて、動作が緩慢になる。
自分のお腹を触ると、手に血がついたわ。
そうだ。
あたし、刺されたんだ!
「かめ!」
大蒼があたしを必死に呼びかけるけど、護衛官に行く手を阻まれてしまい、あたしの視界には入らない。
横になりたい―。
あたしは眠るように地面に崩れ落ちた。
「かめ、しっかりしろ!」
新一の声が聞こえてからすぐに、横たわるあたしの目に白い馬の蹄が見えた。
あたしの異変に気がついてすぐさま馬からとび降りた新一は、美しい顔を歪めた。
「クソッ!」
あたしを胸に抱きかかえた新一は、自分の服を裂いてあたしの傷口に当てて止血した。
あたしは動けない自分が、とっても情けなかった。
「俺が分かるか?」
「分かるわ。」
「痛いよな。
でも大丈夫。すぐに医者が来るから。」
「息が・・・できないの。」
「落ち着いて、パニックで上手く吸えていないだけだ。
ゆっくりでいいから深呼吸して。」
「ムリ・・・苦し・・・。」
新一は、あたしに口づけた。
そして、口を離した時にあたしが息を吸うのを見て、また口をつける。
一定の間隔でそれを繰り返した。
あたしは少し呼吸が楽になって、少し微笑んだ。
「ありがとう。でも、みんなに見られいて恥ずかしいわ。」
「俺はお前を守るためなら何でもするよ。あとは何がしてほしい?」
「じゃあ、生きていられたら・・・約束を守ってね・・・。」
「約束?」
「この世の果てに・・・連れていってね。」
「かめ、かめ!」
新一の温かい吐息と胸の体温を感じながら、あたしは幸せだった。
好きな人の胸の中で死ねるなら、あたしの人生も捨てたもんじゃない。
あたしは安らかな気持ちで目を瞑った。




