#37 かめ、真実を知る
新一が、秘密警察?
しかも東宮付きということは、大蒼の味方なの?
「私のせいなんだ。」
大蒼が震えるあたしを抱きかかえながら、頭を何度も撫でてくれた。
「ちょうど一年前に華族の中に裏切り者が居て、皇妃候補に私を暗殺させる計画があるという情報が耳に入ったんだ。
そこで特に疑わしい徳川公爵家に新一を潜り込ませていた。
表向きは皇室お抱えの髪結いだから、皇妃候補の教育係としては申し分ないだろうとね。」
新一に、二重スパイをさせていたのね。
「最初は事情を知る菊子さんさえ見つかれば、すぐに解決できると思っていたんだ。
でも、元男爵や新一の事情を知らない新二まで葛丸に協力していたとは思わなかったから、確かな証拠を探すために今日まで手間取ってしまった。」
秘密警察の存在自体が極秘だから、家族にも言えなかったのかしら。
新二が暗殺に加担していると知った時の新一は、辛かっただろうな。
「じゃあ、新一がお上の隠し子だというのも嘘・・・?」
新一が顔をしかめた。
「それは本当だから、誰にも言うなよ。」
あたしはこの一年間のおかしな出来事を思い浮かべ、妙に納得した。
そして、悲しくなった。
大蒼や新一があたしに優しかったのは、全部葛丸様の悪事をあぶり出すための演技だったんだ。
恋をしていると思って過ごしていたあたしは、とんだ道化者ね。
あたしは沸きおこる色んな感情に、涙がポロポロと溢れでて止まらなかった。
そんなあたしを見た大蒼が、あたしを抱きかかえながらおでこに優しく口づけした。
「かめ、泣かないで。
私はかめが誰であろうと構わない。
かめが好きだという気持ちは本気だし、一生を共に過ごしてほしいよ。」
大蒼の甘い言葉が耳に心地よい。
まだ媚薬がギンギンに効いているから、あたしは自制心を保つのに必死だった。
やがて灯を持った侍従長やら護衛官が橋に集まってきて、庭園は大騒ぎになった。
「東宮、かめの様子がおかしい。
新二に薬でも盛られたのか?」
新一が、急にあたしの顔を覗きこんで気色ばんだ。
ギクッ。
よく気がついたわね・・・!
そのことは恥ずかしくて、言えなかったのに!
「早く侍医に見せたいから、俺が預かる。」
「いや、それなら私が連れていく。」
あたしを受け取ろうとした新一の手を、大蒼が頑なに拒んだ。
「私の皇妃だ。」
「まだ【皇妃候補】だろ。立場を考えろよ。」
新一は、周囲をグルリと囲んだ家臣たちを見まわした。
「お前を狙う暗殺者が捕まったという時に、東宮が保身をせずにチョロチョロ動いていたら、ここに居る家臣たち全員が心労で倒れるぞ。」
「ッ・・・。」
大蒼はあたしと家臣を見比べて、苦悶の表情を浮かべた。
「こういう時には、自由なお前が羨ましいよ。」
大蒼は仕方なくあたしを新一の腕に預けると、たくさんの護衛官に囲まれながら東宮御所へと戻っていった。
※
あたしを侍医局に車で連れていくために、駐車場に抱きかかえて歩いていた新一が、心配そうに聞いてきた。
「新二に何の薬を飲まされた?」
ブンブン!
あたしは頭を横に振った。
口が裂けても言えないわ。
「新二がかめを傷つけるような薬を盛るわけがないから、おおかた、一過性の媚薬とか眠り薬あたりだとは思うが、心配だから一応医者には診せよう。」
わーん、バレてる!
「あの、行く前に聞きたいことがあるの。」
車に乗せられる直前、あたしの脇と脚を支える大きな手の感触にゾクゾクしながら、あたしは熱っぽく新一の首に腕を回した。
「『しろ』と言ったくせに、あたしが接吻した時に驚いたのはなぜなの?
やっぱり・・・好きというのが演技だったから?」
新一はあたしから目をそらすと、ボソボソと呟いた。
「接吻は・・・自分からしろと言えば、恥ずかしがってしないと思ったし、唇をつけるとしても頬くらいかと思っていたから・・・。」
意外に初心だったのね!
品格の無さに新一を失望させたのだと思っていたあたしは、ホッとして気が抜けたの。
「誤解されているかもしれないが、俺はお前が好きだ。
お前も俺と同じ気持ちなら、お前を東宮には渡さない。」
新一の言葉が耳から沁みわたり、心を、身体を溶かしていく。
そして自分がどれほど新一に大事にされていたかということを、今、思い知らされたのよ。
あたしは、素直に思いを打ち明けた。
「あたしも、新一が大好き。」
新一から、あたしに優しく唇が重ねられた。
車の後部座席に倒れ込みながら、新一はあたしの頬にもう一度口づけた。
夢みたい・・・。
新一に口づけされるたびに、次々に突き上げてくる快楽に溺れそうになったあたしは、ハッとした。
待って待って。
この快楽は、媚薬のせいかもしれないわ!
だって、大蒼に接吻された時とは明らかに違うもの!
あたしは慌てて新一の身体を押し戻した。
「あのね、新二があたしに飲ませたのは媚薬だったみたいで、今のあたしはとても頭がおかしいのよ。」
「ああ、やっぱり・・・。
どうおかしいのか言ってみて。」
「新一の唇が当たる度に気持ちいいと思うし、好きだって言われるとものすごく嬉しいし、世界でいちばん幸せだって思ってしまうの。
しかも、自分から新一を襲いたいと思ってしまうなんて、おかしいし下品よねッ!」
新一はあたしから離れると、「これは・・・しんどいな。」と、両手で顔を覆った。
こんなあたしに幻滅したのかしら?
すると新一は笑いながらあたしの耳もとで囁いたの。
「じゃあ、媚薬の効果が無くなってからも同じ気持ちになるかどうか、もう一度あとで試そうか。」
わーん、意地悪!
こんなこと、約束することじゃないわよ!
媚薬なんて、この世から無くなればいいのに・・・!




