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#3 芋虫女の長い一日

 これは一体、どーゆーこと?

 葛丸様の書斎に入るなり、あたしは3人の背広の男たちに囲まれ窮地に立たされた。


 ごめんなさい。帰ります!


「動くな。」

ぶっきらぼうな話し方の背広男が叫んだけど、構うもんですか。


 逃げてやる。


 ジリジリと壁際まで後ずさると、ゆっくりと詰め寄る男たちの隙間から、お坊ちゃまの端正な顔が見えた。


 徳川葛丸。

 菊子様の兄であり、公爵家の若き当主だ。


 甘いマスクに知性を感じる佇まいは、黙ってそこに居るだけで絵になる。

 おかずがなくても白飯3杯はイケるわね。


(え? そんなのあたしだけ⁉)


 いつもならお声をかけてもらうまでは俯いて控えているけど、今回ばかりはそうも言っていられない。

 だって、絶対絶命のピンチなんだもの!


「お坊ちゃま、助けてください!」


 そんなあたしを押さえつけようとする男たちの手を払いのけて前に出ると、書斎机越しに葛丸様は真剣な面持ちであたしに言った。


「かめよ、私はお前に助けて欲しいのだ。」


(ええ、いいわよ。あたしにドンと任せなさい!)


 と、言いそうになったあたしを責めないで!


 悔しいけど、どんな悩みでも聞いてあげたくなるくらい、葛丸は格好良いのよ~!


「説明していただけますか?」


 おずおずと切り出すと、あたしを取り囲んでいた背広の男たちの中から、一番長身の男が前に進み出てきた。


「その件は私が説明しましょう。ただ、その前に・・・。」


 長身の男は持っていたメジャーをシャッと伸ばすと、おもむろにあたしの顔面に当てがった。


「顔のサイズ24センチ。」


 驚きのあまり固まるあたし。

 だって、知らない人に突然顔のサイズ計られたら、誰だってこうなるわよ!


 動けないあたしに寄ってたかって、三人の男たちがメジャーを押し当てる。


「身長・菊子様と同等。体重・菊子様より推定プラス10㎏。」


「座高、菊子様よりプラス5cm」


「胸囲、腰囲、腹囲、全ての数値が同じ。

 恐ろしい寸胴体形。菊子様とは比較できない。」


「まるで芋虫だな。」


 最大級の皮肉で我に返ったあたしは、顔を真っ赤にして一番近くに居た長身の背広男に殴りかかった。


 ()()()()ふくよかなだけじゃない!


 芋虫だなんて、今まで誰にも言われたことないわよッ!

 親から貰ったボディにケチつけるヤツは、絶対良い死に方しないんだからぁッ!


 あたしの渾身の平手打ちをヒラリと|躱すと、長身の背広は優雅に目にかかる長い黒髪を後ろに払った。


「加えて、凶暴である。」

 長身の背広は口の端をニヤリと上げた。


 クッソ、生意気!


「無礼にも程があるわよ、あんたたち。いきなり初めて会う人の、全身の寸法を計るなんて!

 しかも、いちいち菊子様と比べる必要なんてあるの⁉」


 思いっきり背広たちを睨みつけると、あたしは鼻息荒くまくしたてた。

 反対に長身の背広は、小首を傾げながら冷静に答えた。


「必要があるから比べているんだ。

 因みに君は、我が国の皇太子の名前は知っているかい?」


「存じ上げません。」


「・・・知識ゼロ。」


 落胆の色を隠さない背広に、あたしは確かな殺意がわいた。


 皇太子の名前を知らないくらい、何よ。

 次は(グー)で殴ってやる。


「そこまでだ新一(しんいち)

 かめが今にもお前を食べてしまいそうな目をしている。」


 いつもは冷静で物静かな葛丸様が、あたしたちを見て愉快そうに身をよじっていた。

 漫談(おわらい)じゃないっつーの。


 新一と呼ばれた長身の背広の男は、目に怯えの色を宿してあたしを見た。 


「本当に取って食われそうだな。」


 あたしゃ妖怪か?

 食べれるものなら食べてやるわよ、頭からバリバリと!


 ガオッ!


「かめ、コレに見覚えはないか?」


 葛丸様の手の中には、ロウで封がされていた跡のある手紙があった。

 ハッとしてあたしは我に返った。


「それは・・・菊子様が昨日、あたしに託した手紙です。

 早朝に旦那様にお渡しするように頼まれて、そのようにしました。」


「中身は見たのか?」


「いいえ、まさか!

  誓って中身は見ていません。」


「だろうな。」


 葛丸様は深いため息を吐いた。


「実は菊子が昨夜、家を出たのだ。」


「お嬢様が⁉」


 その一言は、頭をスコップで殴られるくらいの破壊力があった。


 だって、昨日はそんなこと、一言も・・・。

 しかも、あたしや葛丸様に黙って家を出るなんて。


 きっと、よっぽどの理由があるんだ。

 あたしは無い脳みそを必死にかき回して、ある仮説にたどり着いた。


「まさか、仲の良かった家庭教師のエドと駆け落ちしたとか?」


 小さく呟いたつもりが、意外に大きな独り言だったらしく、その場の全員の表情が強張り、辺りが静まり返った。

 

 あちゃ~。ズバリ的を得てしまったようね。

 英国人のエドと絶世の美女の公爵家の令嬢が密かに恋仲になっていたなんて、新聞のスクープもいいところだわ。


 新一がズンズンと目の前に来てあたしの首根っこをつまみ上げると、そのまま廊下に連れ出された。

 しかも、ポイッとその場に捨てられたのよ。


 わーん、あたしは猫じゃない!


「痛いわね。何するのよ?」


「少しは人の気持ちを考えろ。思いついたことを直ぐに口にするのは女子(おなご)としての品格が無い。」


 相変わらず腹が立つ物の言い方をする男だけど、正論だからあたしも言い返せなかった。


「それで?

 もしかして、お嬢様を捜せという任務のために、ここに呼び出されたのかしら?」


「それはお前より探偵に依頼するよ。」


 確かにそうね。


 じゃあ、あたしに一体何の用なのよ。

 しかも、他の使用人を全員解雇して()()()()()()


「菊子様が居ない間、菊子様の影武者として振る舞ってほしいのだ。」


「か、影武者?」


「365日後に控えた皇室との婚姻のために、お前に菊子様の身代わりを任ずる。」


 な、な、な⁉


「なお、お前の教育係は皇室お抱えの髪結い(びようし)である、この犬養新一が引き受けた。以上。」


「何ですっ・・・。」


 思い切り叫ぼうとしたあたしの唇に、長くて細い人差し指が押し当てられた。


「今後いっさい、どでかい声で叫ぶな。レッスン1。」


 フ ガ フ ガ ッ。


 この新一って男、間近でよく見たらものすごい色男なのよ。


 サラサラの長い髪も相まって、中性的な魅力があるというか、色気の破壊力が凄まじいの。


 悔しいけどこんな破滅的な状況でも、色男には語彙を失わせる能力があるのよね・・・。


「いいか、淑女(レディー)は喜怒哀楽を表情に出すな。レッスン2だ。」


 ニヤリと口の端をあげると、新一はその人差し指をツツツッと下に降ろして、あたしのお腹でピタリと止めた。


「レッスン3、今のお前は芋虫だ。だが、蝶になる必要がある。

 よって、これから毎日寝る前に腹筋を百回だ。」


 悔しいのと恥ずかしい感情が交互にせめぎ合って、あたしは目を白黒させた。


「毎日って・・・冗談よね?」


「二百回に増やそうか?」


 わーん、ゴメンナサイ。

 百回で十分よ!


 顔は色男でも、中身は酷いサディストだわ。

 交際している時には優しくても、結婚したら嫁に無駄飯は食わせないタイプよね。


 苦労するのが目に浮かぶわ~!


 いい?みんな。

 こういう男にはだまされないでねッ!


 それにしてもあたしがお嬢様の影武者だなんて・・・。

 菊子様とエドが仲違いして、今すぐに帰ってきてほしい!


 あたしは十五年の女中生活で初めて、推しの不幸を願ったのだった。

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