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かめは蝶の夢を見る~影武者女中は365日後、公爵令嬢に変身したいのです!~  作者: ゆきんこ


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#25 悲しみよこんにちわ

 あ、あたしッ⁉ あたしが命を狙われているの?

 誰に? どうして?


「お前が蜂に刺されたのは、いつのことか覚えているのか?」


「うーん。お姉ちゃんかたけさんから聞いた話だから、詳しくは分からないの。」


 新一の眼光が鋭く光った。


「蜂に一度でも刺されると【アレルゲン】が出来るんだ。

 あと、お前が菊子様の影武者をやっているとうっかり漏らしたのは、東宮の他に居るのか?」

 

 ゲッ、なぜそれを?


 大蒼に温室で告白された時、鈴が鳴った後に新一が来たのかと思っていたけど、かなり前から大蒼との会話を盗み聞きされていたのでは?


 あんなことやこんなことまで・・・?

 は、恥ずかしい!


「大蒼以外には、誰にも言っていないわ。」


「なら、犯人は1人しか居ない。」

 新一の確信を得た呟きに、その場にいた全員が驚愕したの。


「犯人は誰なんだ?」

 大蒼が緊張した面持ちで新一に聞いた。


「―俺もあの日以来会っていないからピンと来なかったけど、面識(みたこと)はあるよな。」


 ツカツカと女中たちの前まで歩くと、新一がある女中の前でピタリと足を止めた。

「あんたが【たけ】さんだろう?」


 たたた、たけさん⁉

 あたしは自分の目を疑ったわ。

 だって、その容姿は厳粛(ストイック)で細面の顔つきの女中頭のたけさんとは、全然様子が違っていたの。


 赤く大きく腫れた鼻は正中からずれて曲がっているし、目はくぼみシワが深くなっていて年齢よりもずっと老けて見える。

 よく見たら面影があるかなとは思うけど、全くの別人のようよ。


「な、なんでこんなこと・・・。」


 そう言ってから、あたしは公爵家の使用人が全員解雇された日のことを思い出した。

 あたしだけが家に残るということに、一番噛みついてきたのはたけさんだったわ。


 キッと顔をあげたたけさんの前に、新一は立った。


「整形が失敗したようだな。

 ロウを鼻に詰める施術は、まだ不安定な要素が多いから失敗も多いと聞いている。」


「顔が分からなくなれば、成功しようが失敗しようがどちらでも良かったんだ・・・。」

 わなわなと肩を震わせると、たけさんはヒステリックな金切声を上げた。

 

「私はあえて実験動物(マウス)になったんだ! あんたたちに復讐するためにね‼

 四十年だよ…四十年もの間、あたしは人生を公爵家の奉公(しごと)に捧げてきたんだ。

 それなのに、それなのにッ! 選ばれたのは、小娘だけ‼」


 たけさんはあたしに飛びかかろうとして、新一の制止で止められた。


 こ、怖い・・・。たけさんは、本当にあたしを憎んでいるわ。


「東宮様ぁ、あたしはこいつらの秘密を知っていますよ。

 最初は菊子様を殺してやろうと思ってその周辺を調べていたら・・・。

 フフ。こいつらは、とんでもない【詐欺師たち】だよ!」


 あたしはたけさんの蛇のような視線にゾッとした。


 どうしよう。

 あたしが菊子様の影武者だってことをここでバラす気なんだ。


「ねえ、東宮様。

 ここで私と取引をしてくださいな。これは皇妃選びに関わる重大な情報です。

 見返りは・・・そうねえ、私を皇室の女中にしていただけたら助かります。」


 猫なで声で大蒼に声をかけるたけさんは、組み伏せられた新一の腕から逃れようと必死にもがいている。

 

 部屋に居る全員が、たけさんの言動に固唾を飲んで見守っていた。


 みんなが、秘密を知ってしまうのも時間の問題。

 もう、あたしの影武者生活もここでおしまいね・・・。


 大蒼は静かにたけさんに近寄ると、

 憐れむように見下ろした。


「痴れ者め。この女を拘束して連れていけ。」


「何を・・・。」


 護衛の男たちがバラバラとたけさんの動きを封じて、麻縄をかけた。

「この女は、菊子じゃないんだ!」


「妄言だ。

 アヘンなどの薬物を体内に有していないかを調べてくれ。

 改めて、徳川家の階段の踊り場と茶器の指紋の採取と照合も頼む。」


 愕然とするたけさんに、大蒼は全員に聞こえるように言い放った。


「犯罪者ごときが私と取引など、あり得ん。」


 部屋に居る全員が拍手喝采する中、たけさんは部屋の外へと強引に連れていかれたのよ。


 ああ。悪夢が終わったのね。

 あたしはその場に崩れ落ちた。


 もし、先に大蒼にあたしの正体を話していなかったら、捕らえられていたのはあたしと新一の方だったかもしれない。


 たけさん・・・。

 厳しいけど、あたしには母親のような存在だったわ。


 一体、どこであたしたちの歯車が狂ったの?

 あたしは悲しい運命のいたずらを、呪わずにはいられなかった。


 ※

 

 夕日を背に、あたしたちは帰路に着いた。

 強い風が車内に吹き抜けて、少し寒く感じる。

 あたしはたけさんの【蛇のような目つき】が頭から離れずに膝を抱えていた。


「後悔しているのか?影武者になったことを。」


 後部座席の隣に黙って座っていた新一が不意に声をかけてきた。

「今回は助かったが、またお前の秘密を探るものが現れないとは言い切れない。」


「あたしは・・・菊子様を見つけるまでは、後悔できないわ。」

 膝に顔をうずめたまま、あたしは答えたの。


 新一は、そんなあたしの頭を引き寄せて自分の肩に乗せた。

 な、何?


 あたしは驚いて離れようとしたのだけど、新一がすぐにあたしの肩を抱き寄せたので、その胸にすっぽりと収まってしまった。


 言葉には出さないけど、初めて新一があたしを認めてくれた気がした。

 【同志】と言っていいのか分からないけど、新一は信頼できるってあたしはその時に認識したの。


 だから、今日だけは少し甘えてもいいのかな。

 服越しに伝わる新一の体温は、とても、とても心地よかった。

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