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かめは蝶の夢を見る~影武者女中は365日後、公爵令嬢に変身したいのです!~  作者: ゆきんこ


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#19 スパダリ髪結い師VS謎の紳士

「おふたりとも、こんなところで踊っていると風邪をひきますよ。」


 不意に窓のほうから男の声がして、あたしたちはダンスの足を止めた。


「しかも、とても悪い菌がついたようだ。」


 この声は・・・新一?


 新一はカッカッとヒール靴の足音を高く鳴らしながら近づいてくると、文字通り()()()()()()()()に割って入って来たのよ。


「お客様、ご無礼をお許しください。

 このご令嬢は社交界が初めてでして。

 世間知らずで何か失礼なことをしてしまったなら、教育係の私が謝ります。」


 ものすごく静かで低姿勢な物言いだけれど、怒気(いかり)を含んだ感情を押し殺しているのが、足を開いて腕を組んだ姿勢から伝わるのよね。


 わーん、勝手に居なくなって、勝手にご馳走(ちそう)を食べて、勝手に紳士(しんし)と踊っていたから怒っているのよね?

 こういうときは、全面降伏(ぜんめんこうふく)をするに限るわ。


「この人は全然悪くない!

 まるっとあたしが悪かったです! ごめんなさい‼」


 あたしは新一の背中に米つきバッタのように謝ったけど、大蒼は怯まなかった。


「無礼なことなど何もない。

 強いて言えばご令嬢との優雅なひと時を、妨害した君が無礼だろう。」


 大蒼が言い返すなんて意外だった。

 よく考えたら銃を持った覆面の男たちの輪の中にも突入しちゃう人だから、ただの色男ではないわよね。


 バチバチに火花を散らす二人の男の間で、あたしはどうしていいか分からなかったわ。


 よし、逃げよう。

 そっと足音を立てないようフロアに向かうと、大蒼に後ろから二の腕を掴まれた。


「この令嬢は私の命の恩人です。

 お礼をするまで側にいさせてください。」


「お礼なら私が頂きますので、どうかその手をお放しください。」


 右腕を大蒼、左腕を新一にしっかりと掴まれたあたしは泣きそうになった。


 だから【巻き込まないで】って言ってるじゃない!

 やっぱりこれって、死に伏線(フラグ)なの⁉


「その大礼服・・・文官か?

 この顔を見ても、まだ無礼を働くなら・・・。」


 大蒼が太い喉から低い声を絞り出して、顔にかかっていた前髪をかき上げた。

 新一は一瞬、大蒼の顔に怯んだように思えたけど、すぐにアイマスクを外して逆に睨みつけた。

 

「この顔に見覚えがあれば、このご令嬢に執着するのはお止めください。」


 大蒼は大きな黒い瞳をパチクリと瞬くと、攻撃の色を抑えてため息を吐いた。


「何だ。新一か。」


 二人は知り合いだったの?

 あたしは突如終わりを告げたバトルにホッと胸をなでおろしたけど、二人はちっとも腕を離してはくれなかった。


「何なのよ、もうッ!」

 あたしはいい加減アタマに来て、二人の手を同時に振り払った。


「これじゃ、水果を食べに行けないじゃない!」


 少しの間、微妙な静寂が訪れて、そのうち大蒼が破顔した。


「なんて可愛い人なんだ!」


「食い意地が張っているだけですよ。」


 すかさず言い返した新一の肩に気安く手を置くと、大蒼は甘いウインクをしてみせた。


「今夜はとても愉快な日だな。

 それじゃあ、みんなで仲良く水果を食べに行こうか。」


 そうして三人で食卓に行ったのだけど、それからは二人ともムスッとして全然喋らなくなったの。


 気まずッ・・・。

 知り合いだけど、仲は良くないとか?


 そんな二人に挟まれて食べた水果の味を、あたしは一ミリも甘いとは思えなかった。


 何なのよ、この二人は・・・!


 ※


 宴もたけなわになってきた頃、一階で大きな悲鳴が聞こえきて会場は一気に騒然とした。


 な、何ごと?


「あいつ、銃を持っているぞ!」 


 すれ違う人たちが口々に今見た光景を伝え合う。

 和やかだった会場の雰囲気があっという間に殺伐とした空気に変わって、人々は不安を声に出して訴えていた。


 銃と聞いて昨日の覆面の男たちを思い出したあたしは、思わず大蒼の顔を見た。

 またどこかに消えてしまうんじゃないかと思って、怖かったの。


 大蒼は青ざめながらもあたしの頭に優しく触れると、新一を振り向いた。

「警備と監視を強化したんじゃないのか。」


「外部の人間はもれなく手荷物検査をしている。もし、すり抜けたとすれば()()()()()ということだ。」


 新一は冷静に言葉を紡ぎながら、素早く駆け寄ってきた新二から情報を聞いていた。

 改めて使用人に指示を出してから、新一は大蒼に向かって早口でまくし立てたの。


「警備員が、銃を手にした覆面の男を一人確保したようです。

 今夜、貴方はここに来るべきではなかった。

 裏口に車を待たせています。今すぐここから立ち去ってください。」


「その男に会わせてくれ!」


「駄目です。

 その我儘で昨日は危ない目に遭われたはずだ。」


 そう言いなが大蒼の右足を軽く蹴ると、大蒼が苦悶の表情を浮かべた。

 確かに昨日、右足を引きずっていたわね。


 それから新一はチラリとあたしを見てから、大蒼にこう言ったのよ。

「もう、周りを巻き込むようなマネはしないでいただきたい。」


 大蒼は両手を頭の上にあげると「降参。」と苦い顔をした。

「昔から、お前にだけは敵わないな。」


 それから、あたしを潤んだ黒い瞳で見つめると、こう言ったの。


「迎えに来るよ。」


 すぐにバタバタと使用人が数人走ってきて、大蒼を取り囲むように階段を降りていった。


 まるで、嵐のような出来事だったわ。


 二人の会話の意味はよく分からなかったけど、新一が大蒼の正体を知っているのは確かなようね。

 いつか、教えてもらおうっと。


 新一も新二や新三郎と慌ただしく話していて、その隙にあたしはこっそりと舞踏室を抜け出した。

 だって、あたしも覆面の男に興味があるのよ。


 あの時五人くらいとすれ違ったはずだけど、その一人から漂ってきた松の匂い。

 あれが突破口になる気がしてザワザワするの。


 階段の踊り場まで来ると、人が入り乱れる玄関に制服の警官たちが一人の大柄な男を取り囲んでいるのが見えた。

 野次馬がかなり多くて、下に行っても捕らえられている男が見えないかもしれない。


 あたしは踊り場の手すりから身を乗り出して様子を窺った。

 そして、警官が覆面に手をかけた瞬間、あたしはアッと驚いた。


 外国人だ・・・!

 だけど、あれはエドじゃないわ。


 がっかりしたけど、あの人から松の木の匂いがするかを確かめなきゃ。

 そう思って手すりから手を離した瞬間、後ろから誰かに押されたあたしは階段から転げ落ちた。


 キャーッ‼


 ゴロ ゴロ ゴロ ゴロ


 周囲のどよめく声を受けながら、一階まで落ちて行ったあたしは全身を強く打って動けなくなった。


「くっ・・・。」


 胸が苦しくて、空気がうまく吸えない。

 耳が遠くて、みんなが叫ぶ声が小さく聞こえる。


 今のは、わざとよ。


 故意に、誰かに強く押されたわ。

 間違いない。一体誰よ⁉


(死んだら呪ってやるからね!)



 霞む目で踊り場を見たけど、人が多すぎてよく分からなかった。

 落ちる一瞬、犯人の何かを掴んだ気がするけれど・・・。


(死ぬ前に呪わないと、遅いわ・・・。)


 あたしはそこで意識を失った。

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