#16 舞踏会へようこそ
お答えします。
この鏡に映し出されているのはね・・・
あ た し です!
・・・って、遊んでる場合じゃない!
これ、どうなっているの?
姿見鏡の中には、気品あふれる淑女が映っていた。
髪は映画女優のような【耳隠し】が施されていて、前髪から耳までの緩やかなフィンガーウェーブが柔らかく顔を縁を彩っている。
頬にかかるもみあげの毛先や後れ毛すらも、パーマネントを当てたかのようにひとつひとつがクルクルしていて、どれをとってもいつもの針金みたいな自分の髪には思えなかった。
しかも左斜めを向いた時に大輪の白い菊が挿されているのが見えて、あたしは新一のセンスと才能に唸った。
ずいぶんと粋なことをするわね。
バッスル・スタイルのイブニングドレスは、お尻を大きく膨らませるのが特徴だけど、新一が言っていたように胸元も大胆に空いたデザインで、コルセットが無かったら着られなかったでしょうね。
そして、何と言ってもメイクが素晴らしかった。
なんということでしょう。
ボサボサの眉毛だけが悪目立ちして、華も幸も薄そうに見えた小さな目が、今日はぱっちりと大きく、愛らしく見えたのよ。
眉を細く整えて、つけまつ毛をしているせいなのだと思うけど、目の薄墨の入れ方も普段の化粧よりも幅が広くて濃い。
鼻筋は白粉で白く輝き、頬にはまるく桃色の頬紅。
顎にも軽く塗られているから、小顔効果がありそうね。
唇は完熟のイチゴのようにふっくらとみずみずしくて、紅色というよりは柔かい朱色に染まっていた。
あたしったら・・・まるで魔法にかかったみたい!
食い入るように鏡を見ていると、新ニが隣に来て笑った。
「気に入ったみたいだな」
あら、新二まで来ていたの?
不思議に思いながらも興奮がさめやらぬあたしは、頬を両手で挟みながら新二を見上げた。
「ね、あたしの顔と格好、おかしくないわよね?」
「今まで見たあんたの顔の中で、一番の別嬪さんだよ。」
聞いた割に、まっすぐな感想を口にする新二の顔が見られなくなったあたしって・・・。
あ~もうッ。
耳から火が出そう!!
「それにしても、あんたの鼾は凄いな。」
ム、なぜそれを?
「兄上と新三郎があんたが爆睡しすぎて髪が結えないというので、俺が二人羽織よろしく身体を支えていたんだぜ。」
カ~ッ! 恥ずかしいわ。
どうりで向こうの長椅子で新三郎がぐったりしているわけね。
ゴメンね。お手数かけました。
あら、そういえば新一はどこに行ったの?
そう思ってキョロキョロと室内を見渡した時、ヒール靴の足音が鳴り響いて部屋の扉が開いた。
「かめは起きたか?」
突然部屋に入って来たのは、豪華な大礼服を着た宮内官・・・ではなく、新一だったのよー!
忘れていたけど、新一は皇室のお抱え髪結いだから官吏なのよね。
つまりこれが新一の正式な正装なのよ。
あたしは全ての思考を止めて、ただただ目の前の芸術を愛でることにした。
最上級の礼服である大礼服を身にまとった新一の美しさといったら、息をするのを忘れるくらいだった。
ふう、危ないわ。
うかつに色男を見て死んでも自分のせいだから、みんなも気をつけてね!
饗宴や祭事で葛丸様を始めとした華族も礼服を身にまとうことはあるけど、皇室で働く宮内官の礼服は別格。
飾毛がついた黒い二画帽に金モールとスパンコールを前面にあしらった黒ガウンはこの上なく華麗だし、袖口の金色の糸で縁取られた月桂樹の葉の刺繍もハイレベルよ。
縦ラインの入った白袴は人を選ぶデザインで、足の長い新一にしか着こなせないんじゃないかしら。
ピカピカに光るエナメルの靴とスラリとした儀礼用の剣が、まるで外国のおとぎ話に出てくる王子様のようで、あたしは胸の動悸が止まらなかった。
ハイ、完璧!
色男に正装をさせたら、もう間違いないわ!!
あら失礼。
自然とよだれが出ちゃうのよ~。
「時間だ。
今夜は仮面舞踏会だからアイマスクをしてくれ。」
「せっかくメイクをしてくれたのにね。」
「もし、自分より上の家柄の方に遭遇した場合は外すこともあるが・・・。今日は皇太子も来ないから、大丈夫だろう。
俺が横についてその都度指示する。」
新一のマスクは黒のレースの透かし彫りで、身に着けるとかなり大人っぽい雰囲気になった。
「それから香水を手首や首筋にすり込むといい。」
うぇ。
あたしはどうも、この強烈な匂いが苦手なの。
あたしは、大急ぎで部屋の鏡台から松の精油の乳液を持ってくると、新一に言った。
「あたしには、この乳液があるからいいわ。
どう?良い匂いでしょ。」
瓶の蓋を顔の手前で軽く振って匂いを嗅がせると、新一は目を見開いた。
「爽やかな青い香り・・・これもお前が作ったというのか?」
そうよ。すごいでしょ。
「ふうん、松の香りか・・。いい趣味だ。
俺にも分けてくれ。」
新一は興味深そうに乳液を手に取り、自分の手に塗り込んだ。
ちょっと、新一からもあたしと同じ匂いがするなんて、何だか変な気分よ。
そういえば・・・あたしははたと思い出した。
あの黒づくめの覆面たちの1人から【松の木の匂い】がしたことを、新一に話した方がいいのかな。
あの匂いがあたしが作ったこの乳液だとしたら、お嬢様がエドに渡したということはないかしら?
でも、あたしの中であの物騒な覆面の男たちと、のほほんとしたお雇い外国人であるエドが結びつかないのよね~。
うーん
|旧公爵家の探索も中途半端だったし、もう少し様子を見ようかな。
新一は白い手袋を外すと、大きな手のひらをあたしに差し出した。
「それでは会場に行きましょうか、菊子お嬢様。」
華と気品しかない微笑みに、あたしは新一に対するこれまでの恨み言を全て過去に背負い投げして、差し出されるその手に嬉々として自分の手を重ねた。
ついていくわ、どこまでも♪
※
明治時代に貴族たちの社交場だった『六銘館』の設計をしたコンガルという英国の建築家を呼んで作らせたのが、徳川公爵家の洋館だった。
一階の来客を迎えるホールはドーム型の吹き抜け丸天井になっていて、太陽光を大きく取り込むステンドグラスが燦然と輝いている。
各部屋には大きなシャンデリアが煌めいていて、室内十五か所や廊下に至るまで大理石の暖炉が赤々と燃えているので、一般の住宅のような薄暗い部屋や底冷えのする寒い部屋などひとつもなかった。
談話室には大きな鏡と鹿の毛皮のラグが敷いてある。
その傍らの小部屋には撞球室が設けられていて、舞踏室の開場待ちをしている紳士たちが賑やかにビリヤードに興じていた。
新一に中を見学されるか聞かれたけど、あたしはもちろん断ったわ。
ここは煙草を吸うオッサンたちが集うので、ヤニ臭い部屋なのを知っているからよ。
大変なんだからね、掃除の時に黄色いヤニの壁紙をゴシゴシこすって綺麗にするのは!
あたしは紳士たちに心の中で悪態をつきながら、撞球室の前を通り過ぎた。
二階に上がると、舞踏室の開場待ちをしている列に加わった。
やっぱり準備が大変なのかしら? 少し時間が押しているわね。
新一に促されて、あたしはみんなに挨拶をした。
「ごきげんよう。」
雑然としていた場が、一瞬で色めき立った。
すれ違う人が二度見するくらい、あたしたちは目立つようだった。
新一が目を惹くのは分かるけど、あたしはまだ菊子様だと名乗り上げる前から男性たちに熱い視線を注がれていて、脳内がパニックになった。
「ねえ、みんながあたしを見ている気がするのだけど、どうしてかしら。
とくに外人が。」
「まあ、そうなるだろうな。」
新一が声のトーンを落として、あたしだけに聞こえるように囁いた。
「そこに居る令嬢の痩せすぎて貧相な体つきではドレスに着られているように見えるし、あちらの令嬢のように背丈が低いとドレスをひきずっているように見える。
そこをいくと、お前さんのようにそこそこの背丈があり肉も脂肪もたっぷりと備えている方が、ドレス映えはするのさ。」
へえ、そうなの。
毎日脂肪を備えていて、本当に良かったわ!
「顔が見えない分、余計に妄想をかきたてられるしな。」
そうね、期待されてから顔を見られて幻滅されたら、余計に悲しいもんねッ!
・・・って、またあたしを馬鹿にして遊んでいない?
新一、お願いだから今夜だけは皮肉は止めて、夢を見させて!!




