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かめは蝶の夢を見る~影武者女中は365日後、公爵令嬢に変身したいのです!~  作者: ゆきんこ


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#13 敵なの?味方なの?

 だから・・・だから言ったじゃない!

 自然とあふれ出た涙が頬を伝い、顎から首を伝ってポロポロと零れ落ちてしまう。

 あたしはエプロンで涙を拭い、鼻をすすった。


 男に抱きしめられた感触が、まだ肌に残っている。

 その場に突っ立っていると黒煙が容赦なく喉の器官へと入り、あたしは咳込みながらも、床に横たわる男の側に身をかがめた。


 二重外套や中折れ帽は、靴跡で汚れていたり引きちぎられたりしていて乱闘の跡を色濃く残している。


「命を大事にしてって言ったのに・・・。」


 あたしはそっと男の中折れ帽を取ると、きちんと切り揃えられてポマードで固めた黒髪と青白い頬をそっと撫でてみた。


 あッ⁉


 まだ温かいわ!

 今からお医者様に連れて行けば息を吹き返すんじゃないかしら?


 あたしはなんとか男を連れ出そうと、脇に両手を入れて引っ張ってみた。

 うーん、重くて動かせやない。

 

 一見、細そうな体に見えても、触ると筋肉質なのよ。

 やっぱり男の人を1人で持ちあげるのは難しいわ。

 誰か人を呼んでこなきゃ!


「くすぐったいな。」


 目を閉じたままの男が呟いたので、驚いたあたしはその場から部屋の端っこまで飛び退いた。


 え、え、えー‼


「し、死人が生き返った⁉」

「・・・期待させて悪いけど、まだ死んでいないよ。」


 低く呻きながら体を起こした男は、荒い息を吐きながら壁に身体を預けた。


「逃げてくれたと思ったのに。

 それより火事は? 今度こそ、早く逃げてください。」


「それなら大丈夫。

 これはあたしが厨房で生ゴミと不燃ゴミを燃やして発生させた煙なのよ。

 屋敷が燃えているわけじゃないから、安心してね。」


「君が?」

 男は固めた髪をクシャクシャッとかき乱すと、目を見開いてあたしを捉えた。

 そして、大きなため息とともに苦しそうな声を吐いた。 


「もしかして、私を助けるために?」


 コクコク。

 もちろんよ。


 裏口まで逃げたことは、墓場まで持って行こうっと。絶対に。


 それから男が手招きするので近寄ると、あたしはまたもや抱きしめられたのよ!

 しかも、肺が苦しくなるくらいギュウッと抱きしめられたから、あたしは思わず苦しい声を上げた。


「ギエェッ・・・。」


 驚いた顔の男はあたしから両腕をパッと離すと、耳まで顔を赤くした。


「ご、ごめんなさい。

 こんなことをするつもりじゃ・・・。

 本当にどうしたんだろう、自分。」

 

 あたしも、一日に二回も殿方に抱きしめられたのは生まれて初めてよ。

 しかも、それが名も知らぬ初対面の男性にだなんて!


「まあ、生きていて良かったわ。てっきり殺されちゃったのかと思ったもの。」


 気まずい空気に耐えられず、あたしは照れ隠しにわざと明るく振舞った。


「ああ、あの銃声のせいですね。

 あの時、銃に一発だけ弾丸を込めたのを見たので、飛びかかって奴らから銃を取り上げたんです。」


 ヒイッ、そんな修羅場になっていたの?

 可愛い顔をしているのに、恐ろしく無鉄砲なのね。


「そして、床に向けて発射したんです。

 すぐに周りに居た男たちにボコボコにやられましたけどね。

 君が煙を出して『火事だ』と叫ばなかったら、本当に殺されていたかもしれません。」


 そこで初めて男がにっこりと笑った。

 話している内容と表情がこんなにマッチしないことってあるのかしら。


「聞いてもいい?

 そこまでして、あなたは一体何が目的だったの?」


 男は少し考えてから、言葉を選ぶように話した。


「着物の男の顔を・・・知りたかったんです。

 煙に巻かれた時、男が覆面を少しの間外したので、目的は果たせました。

 これで一気に黒幕を叩けます。」


 じゃあ、やっぱりあいつらは悪いやつらでこの男は正義の味方ってこと?

 もしかして、この男はお巡りさんなのかしら。


 不意に屋敷の外が騒がしくなってくると、男は緊張の色を濃くした。

「もう行きます。」


「あのね、もし姿を皆に見られたくないなら、厨房のお勝手から出るといいわ。

 内鍵が付いているから外からは入れないけど、中からは出られるから。」


 男は壁にもたれながら立ち上がり、右足を引きずりながらも歩き出した。

「君には助けられてばかりだ・・・。恩に着ます。」


 辛そうに居間を出ようとした男が振り返って、また頬を赤く染めた。

「あの・・・君の名前を聞いても良いですか?」


「あ、かめです。」

 あたしも顔を赤くさせながら答えた。

 こういうシュチュエーションって、なぜかつられるのよね。


「かめ、今日はありがとう。

 私は大蒼(たいせい)

 もしまたお目にかかることがあれば、今日のお礼をさせてください。

 あと黒煙は吸い過ぎると体に毒です。君も早くここを出た方がいい。

 ではいつか、また。」


 大蒼はヨレヨレの中折れ帽を被りなおすと風のように立ち去り、居間にはあたしだけがポツンと残された。

 一人きりになると、どっと緊張の糸が解けて腰が抜けそうになった。


 何だか、物凄~く疲れたわ。

 

 あたしはしばらくそこに佇み、一連の出来事を振り返ってみることにした。

 エド探しに旧公爵邸に乗り込んでみたものの、釣果は得られず大蒼と覆面の男たちの事件に巻き込まれたのよね。


 しかも、色男の大蒼に二回も抱きしめられるなんて・・・!

 こんな非日常(とくべつ)なことが連続して起こっていいのかしら?


 もしかしたら悪いことが起こる前触れだったりして・・・。


 ああ、ボーッとして頭がおかしくなりそうよ。

 本当にボーッとする。


 ・・・あれ?

 

 頭が割れるほど痛くなってきたあたしは、フラフラとその場に倒れ込んでしまった。

 よく見たら室内には黒煙が充満していて、喉がいがらっぽく焼けるように痛い。


 う、動けない。


 黒煙をたくさん吸い過ぎたせいかしら。

 気が遠くなるような感覚に、あたしは寒くなって身体を丸めて抱え込んだ。


 菊子様の影武者になるために頑張って来た一か月。

 明日は大事な仮面舞踏会があるのに、ここで死んじゃうのかな。


 菊子様、葛丸様ごめんなさい。

 お嫁に行ったお姉ちゃんたちも悲しむわよね。


 大蒼に説教したばかりなのに、一番あたしが命を粗末にしているわね。

 いつかまた、彼には会いたかったな。


 新一は・・・。

 

 その時、指先に紙のようなものが触れて思わず手の中にぎゅッと握ったのだけど、なぜそうしたかは覚えていない。


「かめー!」


 微かに新一の声が遠くで聞こえた気がしたけど、あたしはもう指先ひとつ動かせず、薄れゆく意識の中で緞帳がズドンと降りた。

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