#10 トラウマよ、再び
舞踏会まであと一週間。
大広間にはあたしと犬養家の三兄弟が対峙していた。
各々が個別に皇妃教育をしてくれることはあるけど、三人と同時に会うのは初日以来ね。
普通なら色男たちに囲まれて、眼福&至福のひとときなんだろうけど、今のあたしにそんな余裕などないのよ。
だって、舞踊会のために究極の食事制限と激しい運動を短期間でやってきたんだもの。
胃はスカスカでぐぅぐぅ鳴るし、目はギラギラして常に頭がキリキリ痛い。
ストレスのせいで目が霞むから、新一との距離が近くてもときめかなくなったのは良かったかも。
それにしてもこの三兄弟が揃うと、嫌なことを思い出すわぁ・・・。
もうだいぶ慣れたけど、初めて会ったあの日の印象が全員最悪だったからね!
※
暫くの沈黙の後、三兄弟は各々が持つメジャーをピシリと張った。
で、出たわ。
やっぱりアレをやるのね。
新一が鋭い目つきであたしを眺める。
「覚悟はいいか?」
ゴクリ。
生唾を飲む音がやけに大きく響いた気がして、あたしの緊張感はマックスまで高まった。
あたしだって、あの時のあたしとは一味も二味も違う(はず)なのよッ!
苦手な風呂も三日に一回は入れるし、大好きな白飯もカロリーが低い五穀米にしたんだから!
覚悟を決めたあたしは神妙に頭を下げた。
「お願いします。」
「顔のサイズ二十四センチ。増減なし。」
新一が早速、あたしの顔に直接メジャーを充てがった。
く、屈辱・・・。
それを皮切りに、動かないあたしに寄ってたかって、新ニと新三郎がメジャーを押し当てる。
そう、あたしの身体の計測会が始まったのよ。
チーン。
ああ、蘇る初日の恐怖。
部屋は違えど、同じ人物、同じシチュエーション。
トラウマってこういうことを言うのよね。
「体重・初回計測時よりマイナス五キロ。」
え!
「胸囲、腰囲、腹囲、それぞれマイナス五センチ。」
す、すごいわ。
数字が減ってるじゃない!
甘味と夜食と毎食の白飯三杯を完全に止めて、毎日まじめに運動した成果ね!
バンザーイ!
あたし、優勝です!!
これで舞踏会に出られるし、エド探しもできるのよねッ。
それなのに、三兄弟は眉をひそめて暗い表情で相談をし始めた。
「どうする・・・?」
当然、褒められると思っていたあたしは、血相を変えて新一に食ってかかった。
「どうするって何よ。
ちゃんと痩せたじゃない。」
「腹囲がキツイ。」
新一のカウンターに、あたしはのけ反った。
新一、あんたの言葉は薔薇の棘よ。
お願いだから真実を話す時は、真綿で包んだ上に、可愛いリボンもつけてから言ってくれると嬉しいなッ。
「他はギリギリだが、腹囲が菊子様より三センチオーバーだ。」
三センチくらい何よと言いかけて、あたしはガッカリした風を装いながら、しおらしく俯いた。
「じゃあ、ドレスは新しく作ってもらうしかないのね。」
このボディに合わせたドレスを作れば、もうこれ以上は努力しなくて済むよね。
心の中ではガッツポーズよ、ウヒヒ。
「いや、諦めるのはまだ早い。
人間の八割は水分だ。水を飲まなきゃ三日であと三キロはいける。」
新二意見に、新三郎がコクリと頷いた。
じ、冗談でしょ。
水が飲めないなんて、ありえないわ!
あたしは青ざめながら、率直に言った。
「人間のほとんどが水なら、三日間水を飲まなきゃ死ぬんじゃないの?」
「もし水を一滴も飲まなかったら、脱水症状を起こして四~五日で死ぬよ。」
新三郎が間発入れずに無表情で答えた。
ちょっと・ちょっと・ちょっと~⁉
それって、めちゃくちゃ危ないじゃない!
あんたたちの言う通りにしていたら、舞踏会前にミイラ令嬢になるところよ‼
かめが、ミイラになるなんて笑えないんだから!
「落ちつけ、かめ。
新二をぶつな、新三郎に花瓶を投げるな、大きな声を出すんじゃない。
いいか、俺に考えがあるからよく聞け。
お前は補正下着という物を聞いたことはあるか?」
「補正下着?」
あたしが頭の上に振り上げた花瓶を片手で奪い取ると、新一はニヤリと口の端を上げた。
「こんなこともあろうかと、英国から一式を取り寄せておいたんだ。」
そう言って彼は机の上の風呂敷から奇妙な形の腹巻を出して見せたのよ。
よく見ると正面にハトメが付いていて、リボンを左右からくぐらせているようだ。
触ってみると着物の帯よりしっかりした生地で出来ていて、縦には固い骨組みのようなものが入っている。
腹巻にしては、着心地が悪そうに見えるけど・・・。
「どうやって使うのかしら。」
「帯を外して。【わ】の中に足から入って、腹の位置が真ん中に来るようにして。」
言われた通りにすると、新ニと新三郎があたしの両脇から腕を絡めて固定した。
ん? 何するの⁇
「息を大きく吸って~吐いて、足を肩幅に開いてふん張れ。
行くぞ、いっせーの!」
「ッ・・・ギャーー!!」
新一がハトメについたリボンを一気に引っ張ると、腹巻きが勢いよくあたしの横腹の肉を押し上げて、ギュギュギュッと締まった。
ぐえぇえ。
な、内蔵が、潰されちゃうぅ!!
すかさずあたしの腰にメジャーを当てた新三郎が、朗らかに宣言した。
「おめでとうございます!
腹囲マイナス三センチです!!」
「さすが兄上。目標達成だな♪」
「よくやったな、かめ。
芋虫からようやく蛹になれたじゃないか。」
青白い顔のあたしに、みんなが口々に欲しかった言葉をくれた。
コレよコレ。
ハァハァ・・・でもね、なんだか微妙な気持ちよ。
嫌な予感が頭をかすめたあたしは、新一に言わずにはいられなかった。
「舞踏会の豪華なお食事は一口も入らない気がするわ。食べたら吐くかも・・・。」
「それでいいんだよ。」
新一が当然のように、にっこりと笑った。
「古代ローマの舞踏会では、食事を食べた後に吐くのが常識だったそうだ。
それはきらびやかな貴族の在り方だ。
しかし、それが勿体ないと思うのが日本人の心だよな。
ならばこうしよう。苦しいなら食べなきゃいいんだ。
いいか、食 う な。」
嘘でしょ。
内臓を圧迫されながら、ごちそうを目の前にして食べたら吐く、もしくは食べるのを我慢しなきゃならいなんて。
そんなの、舞踏会じゃなくて拷問よ!




