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第七話 若き僧侶

 茜と榮十郎がどうなったのか、それはまだ先の話になる。話はカンクロウに取り憑かれた菱沼平次郎へと戻る。


 今しがた、菱沼平次郎は大谷の地に戻ってきて、阿蘭を探している最中である。奇岩がそびえる下を歩いてゆけば、先ほどの猿の妖といい、魑魅魍魎の笑い声が、しきりに響いてくるのであった。

 雲に隠れた月が、くすんだ光をほの見えさせている。

(阿蘭はどこだ……)

 平次郎は疲れて、木の根に腰を下ろした。そして考えるのである。一体なぜ自分は阿蘭を探しているのだろうと……。

(阿蘭に会いたいのだ……)

 阿蘭のことを愛しているのだろうか、と平次郎は自問する。しかしまだ出会って、数刻も経っていないおなごではないか、そのおなごのことを愛しているなど、一体どうして言えようか、それに自分は醜い烏の姿となってしまったのだ、と平次郎は悲観的に思うのである。

(もしも自分がこのまま醜い烏の姿であったなら、阿蘭とてわたしを受け入れないだろう……)


 そう思っていると、カンクロウの声が心の中に響いてきた。

「お前さん。烏の姿がそんなに醜いかね。人間の心の方がよっぽど醜かないかね……」

「そうかもしれない。しかし、わたしは……阿蘭に認められたいのだ。どうしてわたしはこんなに阿蘭のことを想うのだ……」

 平次郎は悲しげに呟くと、しばらく地面を見つめていた。

「宇都宮藩に戻れぬ以上は、阿蘭とともに生きてゆく他ないな」

 とカンクロウ。

「しかし阿蘭は、わたしを認めるだろうか」

「認めるね。何故って、その阿蘭とやらがそもそも人間ではない……」

「そんな馬鹿な……」

「お前さんの記憶の中にある。燃え盛る武田の赤兜……」

「それは確かにわたしが見た幻だ」

「幻じゃないね。もし、それを幻とゆうのならこの世のすべてが幻だ。阿蘭は武田家の遺志を継ぐ者。徳川の世を転覆しようと謀るものなのだ。そして風魔小太郎の末裔が、この宇都宮にやってきているのもおそらく事実だ」

「阿蘭は、その風魔小太郎の末裔と一戦交えるつもりだろうか」

「占ってみるさ」

 そう言って、カンクロウは祝詞のようなものを唱えるのだった。しばらく平次郎はひどい頭痛に悩まされた。


「その風魔小太郎の末裔とやらはどういうわけか、宇都宮城の牢屋に閉じ込められている。なんだってそんなことになったのかはわからない……」

 とカンクロウが言うので、平次郎はえっと小さな声を漏らした。

「宇都宮城に……? 風魔小太郎の末裔というのは、罪人なのか」

「年はかないおなごさ。罪人ならば、全体どういう罪を犯したのだろう。阿蘭とやらも恐るべき妖だが、この風魔小太郎の末裔というくノ一も素晴らしい神通力を有しているといえるだろうな」

「わたしには手に負えぬふたりだな」

「そう。悲観すんねぇ。お前さんだって、もう立派な烏天狗さ。お前さんが、刀を振り回しゃ、そんじょそこらの人間は一陣の風の下に皆死んでしまう」

 そう言われてみると、平次郎は妙に自信が湧いてくる心地になった。それと共に、カンクロウが烏天狗であったことをようやく理解したのだった。烏天狗というのは、こういう大谷のような地に住まうものなのか、とも思った。


「どうする。この大谷の地に阿蘭はいるだろうか。いるならば、どこに行けば会える?」

 と平次郎は尋ねる。するとカンクロウはさっと血の気が引いたような声で、くわっと叫んだ。そして、

「まて、若い僧侶が一人、こちらに向かってきている。凄まじい法力の持ち主だ。気をつけなっ!」

 と烏声で怒鳴ったのだった。

「僧侶だと。法力が凄まじいから何なのだ」

「お前さんは自分が妖だということをちっともわかっちゃいねえようだな。退治されちまうよ。刀を柄から抜いて、木の上に飛び上がれっ!」


 そう言うのが遅く、霧深き山林の奥から僧衣姿の若い僧侶が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。それは美麗な顔つきの僧侶であった。

「あっ……あっ……」

 平次郎は狼狽えながら、木の根からのそりと立ち上がった。ところが、そのまま、若い僧侶と見合わせる形で、立ち尽くすことになってしまった。

 僧侶は、じっと平次郎の顔を見つめていると、手の数珠をじゃらっと鳴らして、なにかを唱えようとする。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! わたしは妖ではないっ!」

 と必死に平次郎は訴えたのだった……。

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