薄暮の
三題噺もどき―さんびゃくきゅうじゅうご。
冷えた風が頬を撫でる。
底冷えするような寒さが毎日続く。
「……」
薄暮の迫るこの時間は、特に寒さが酷い気がする。
日は沈み、陽光はほとんどない。建物の影形はなんとなくわかる程度。
歩道は、一定の間隔で置かれた洋燈がぼんやりと光り始めている。
―頃だろう。
「……」
この辺りは街中でもなければ、住宅街でもないので、洋燈はほとんどない。
かなり広めの間隔で置いてあるようだが、長年置かれているせいか、かなり心もとない。
ほとんど消えかけていると言っても過言ではないぐらいだ。
そろそろ付け替えた方がいいのではないかこれ。
「……っ」
音を立てながら風が通りすぎる。
あまりの冷たさに思わず全身が固まる。
指先は感覚がないほどに冷え切っている。
「……」
ときおり息を吐きだしてみると、白く溶けていく。
暗いこの時間では、その白さは一層際立つ。
ただ溶けていくだけの存在の癖に、最後の最後で気を引こうとでもしているんだろうか。
「……」
鼻の奥が痛む。
寒さのせいか頭も少し痛い。
むき出しの肌も刺されているように痛い。
夏の日差しも痛いと思ったが、この寒さもなかなかに痛みがある。
「……」
んー。
何も持たない方がいいと思って薄着で出たのがよくなかったなぁ。
いやいや、色々残すよりはマシだと思もっての判断だったのだが。
こんなに冷え込むとは思っていなかった。
「……」
こんな時期に、こんな所に来る予定もなかったし。
こんな所に、こんな時期に来る人なんてそうそういないだろうから、それを想定した服というものもあまりない気がする。
あーでも、昇るのを想定した服はあるから、案外……いや、あるわけないな。
「……」
もう一度息を吐きだす。
更に少し暗くなっているせいで、より一層白が際立つ。
消える白に視線を向けて追ってみると、曇り空が目に入る。
そういえば、今日は雨模様だったなぁ。
今は降っていないようだけど、昼間は降っていたのかもしれない。
「……」
そいえば、ここに来るって誰にも言っていなかった。
言う必要もないと思ったからだけど…もうでも、誰も興味はないだろうから別にいいか。
一応の置手紙ぐらいはしてこればよかっただろうか……いやまぁ、だから。誰も、私の事なんて興味もないし見てもないんだから、不要なことだ。
「……」
小さな波の音が聞こえる。
「……」
足の裏では、小さな砂の粒がときおり動く。
風にひかれてか、波にひかれてか。
「……」
この時期の海ってもっと大荒れなイメージがあったんだが、この辺りはそうでもないんだろうか。
それともたまたまなのだろうか。
案外迎え入れてくれているのかもしれない……なんて思ってもみる。
「……」
ビリビリと海風のせいで冷えた肌が痛む。
足先も指先も鼻先も頬も全部冷え切っている。
後は進むだけだ。
「……」
それだけなのに、座り込んで。
息を吐いてみたり、ぼうっとしてみたり。
手を温めてみたり、足をさすってみたり。
「……」
特に未練なんてものはないし、後悔だってないはずなのに。
どうしてか、こう。行きどまってしまう。
「……」
あぁ。
なんか、痛すぎてか。
視界が歪んできた。
「……」
なんでだろうなぁ。
今日ならできると思ったんだけど。
無理みたいだ。
「……」
じわりと涙が熱を帯びて。
冷え切った頬を落ちていく。
「……」
「……」
「……」
「……」
はぁ。
かえろ。
お題:薄暮・洋燈・涙