表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私とあなたの序章  作者: めざし
それから
7/7

7、そして始まる物語

『神子のお前に出来ることは祈ることだけ。それを怠れば、きっとお前に天罰が下るだろう』

『神の怒りを買ったお前の肌は焼けただれ、未来永劫もがき苦しむだろう』

『さあさあ、何も考えずこの国の安寧だけを願え。健やかに生き、安らかに死ね。そうすれば、この国は豊かになるのだから』


 彼女の耳元で、誰かがクスクスと笑いながら囁く。

 それは精霊か、はたまた聖獣か。

 分かるのは、彼等が神の御使いであるということ。


 ほの暗い図書館内。

 余りの囁き声のしつこさに、呼んでいた本から顔を上げて溜息を吐いた。


 彼女の名はリリア・ガルーシア。

 今年16歳になったばかりの、この国の第三王女である。

 彼女の髪と瞳は、この国では珍しい濡烏のような色をしている。

 生まれてすぐに、神殿から『神子』であると宣言されたリリアだったが、髪と瞳の色が『魔』を連想する為、彼女が神子であることは限られた者しか知らなかった。


 彼女は『リリア・カルディア』として生きた記憶がある。


 手酷い裏切りにあった過去。

 しかしリリアは、今世になってあれは裏切りではなく、あの行為こそが神子の正しい扱い方なのだと理解していた。



 リリアは持ってきたランタンの光を頼りに、再び書物に視線を戻す。

 この書物は王族のみが閲覧を許された禁書庫にあり、そこには神子に関することがこと細かく記されていた。


『神子とは、地上に下ろされた神の加護である』


 神は人の国の惨状に心を痛め、彼等の為に加護を地上に下ろす。

 下ろされた神子の祈りは地上を浄化し、実りをもたらす。

 その外見は人が好むようにどこまでも神聖で美しく、その身体はとろけるように甘い。


 神子とは、飢えて乾いた人に与えられた神からの一滴の甘露。

 その国の民が、それをどう扱おうが神は一切気にしない。

 思う存分好き勝手に使いつぶし、全てを享受すれば良いだけなのだ。


 神が愛しているのは、自分に似せて造った地上に住む人だけ。

 神子は、彼等に安寧をもたらす為に下ろされた使い捨ての道具でしかなかった。


 生まれ変わった今のリリアには、それがはっきりと分かった。

 前世で聞こえなかった御使いたちの声。

 彼らはクスクスと笑いながら、リリアの耳元で神子がやるべき使命を四六時中告げてくるのだった。



 不意に廊下から人の足音が聞こえ、リリアは持っていた書物を別の本の下へと隠す。

 扉が開かれる音と共に入ってきたのは、数人の護衛を連れたこの国の王太子だった。


「リリア、こんな所で何をしている」

「お兄様」

「明日の儀式の為に、早く休めと言っただろう?」

「申し訳ございません」


 王太子はつかつかとリリアの側まで歩いてくると、彼女の目の前に置かれた本を取り上げた。


「『魔』とは何か、か。こんなもの、読んでどうする?」

「はい、私の色が『魔』を連想させるものですので、『魔』が何なのかを学んでおりました」

「口さがない者の事など放っておきなさい。お前は誰よりも、この国の安寧を願ってくれているではないか。それを誇りなさい」

 そう言うと、王太子はリリアに本を戻した。


「明日は、この国の将来を左右する大事な儀式が行われるのだ。失敗のないように早く休みなさい。私はお前の身体だけが心配なのだよ」

「はい」

「明日、お前の色を嫌う者に、お前がいかにすばらしいかを証明するといい」

「はい」

 王太子はそう言うと去っていった。


 以前のリリアなら、彼の言葉を真に受けて、自分は大切にされているのだと喜んだだろう。

 国の安寧の為、嬉々として神子の実績作りに励んだだろう。

 しかし今は、彼の言葉の裏にある真意を安易に読み取ることが出来た。


『国の為にその身を捧げよ。それが神子の使命なのだ』と。


 リリアはやるせない気持ちになった時、未だ胸の奥にある、暖かくて懐かしい恋心を思い出す。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫。私はまだ、大丈夫」

 この想いがあれば、この先何があろうと生きていける。

 リリアは胸に手を当てて、寂しげに笑った。




 儀式の当日。

 空一面を灰色の分厚い雲が覆う中、大神殿にはリリアの正体を知る王族と高位貴族たちがそろい踏みしていた。


 今日執り行われる儀式は、『祈りの儀式』と云われ、神子であるリリアが神殿の奥に籠り、三日三晩飲まず食わずで神に祈りを捧げる。

 そうすることで、この国を覆う神の加護を更に強固なものにし、魔族の侵入を防ぐ。


 リリアは途中にある泉で身体を清め、祭壇の前まで歩くとその場に跪く。

 その後、神官たちの祝詞が終わるのを見計らい、リリアは神の像に向かって手を合わせた。

 彼女は今から、一歩も動かずに三日間の祈りを終えなければならない。

 勿論周囲にいる王侯貴族たちは、国王陛下さえ神殿から辞すればいつでも去ることが出来た。


「あれれ~やっぱりカミサマの匂いがするね~」

「くんくんくん、ほんとだ~臭いね~」


 リリアが祈り始めて間もなく、シンと静まり返る神殿内に、突如朗らかな少女たちの声が響き渡る。


「誰だ、無礼者!」

 神官たちは、声のする方に一斉に視線を向けた。


 するとそこには、年端のいかない二人の少女が、あろうことかこの国の主神の像の上に座って手を振っていた。

 彼女たちはまるで双子のようにそっくりな顔をしており、その頭部にははっきりと2本の角が生えていた。


「ま、魔族だぁああああああ!!」

 少女の姿を見た1人の貴族が、大声で叫ぶ。

 すると、その声を聞いた周囲の人々が、まるで蜘蛛の子を散らしたように神殿の扉に殺到し始めた。


「あれれれれ~どうしちゃったのかな~? 何か怖いことでもあったのかな~?」

「いいんじゃない? 人が少ない方が邪魔にならないし。そんなことより確認しよう!」

 魔族の少女は、二人してピョンッと像から飛び降りると、リリアの目の前に立った。


「ね~ね~お姉さん。お姉さんは神子なの~? う~ん、でも不思議。良い香りがするわ~」

「不思議だね~臭くないね~」

 二人がニコニコ笑いながらリリアに向かって手を伸ばした瞬間、彼女たちの手が肘の下から綺麗に蒸発した。


「うわわわわ~すっごい浄化の力! とってもすごい神子だ~初めて会った~」

「真の神子だ~わ~~」

 きゃあきゃあと喜ぶ魔族の少女たち。

 未だ残っている王族や貴族たちは、リリアの持つ神子の力に驚いた。


「あいつ、本当に神子だったのか」

「だから言ったではありませんか」

 国王の言葉に、隣に立つ王太子が呆れる。


「父上、これでリリアの力は証明されました。今後は身を粉にして、この国の為に働いてもらいましょう」

「なるほど。良い考えだ」

 王太子の言葉に、国王はにやりと笑う。


「リリア! お前のその力をもって、薄汚い魔族どもを浄化してしまえ!」

 王太子がリリアに向かって叫ぶ。


「え……」

 リリアは目の前の二人の少女を見る。

 ニコニコと笑う彼女たちは、例え魔族であったとしても邪悪な者には見えなかった。

 リリアは浄化の力を使うことを躊躇する。



「あ~お姉さん、良い人だね~。我があるじを呼んであげる。あるじ~神子が見つかったよ~」

「見つかったよ~きっとカミサマも近くにいるよ~」


 二人がそう口にした瞬間、夜でもないのに周囲が一気に暗くなり、音もなくリリアの目の前に彼女を背にして二人の男が立っていた。

 一人はグレイ。もう一人は魔王。

 少女二人は、すぐさまグレイへと駆け寄る。


「あるじあるじ~褒めて褒めて~神子を見付けたよ~とっても強い神子」

「褒めて褒めて~」

「ああ、えらいえらい。ただし我らが王の御前だ。お行儀良くなさい」

 グレイは少女たちに言い聞かせる。


「は~い」

「は~い」

 少女二人は、しっかりと返事をしながら右手を上げる。


 魔族たちの気の抜けたやり取りとは逆に、リリアは突然現れた二人の男が纏う光と闇が混在する瘴気に驚いた。

 周囲の人々も、離れていても肌で感じる彼等の人間離れした威圧感にすくみ上る。

 リリアはしばらく魔族たちのやりとりを観察していたが、不意に魔王が振り返った瞬間、リリアは絶句する。


「……?」

 自分の腹に、いつの間にか魔王の手がめり込んでいたのだ。

 しかし、不思議なことに何の痛みも感じない。

 リリアは至近距離から魔王の顔を凝視した。


「ようやく、見つけた……」

 魔王が何かを堪えるようにぽつりと呟く。


「え……」

「後は任せて眠って下さい」

 魔王が囁くと、リリアの瞼が強制的に閉じられる。

 そのまま、どこか懐かしい腕に抱かれながらリリアは意識を手放した。



 倒れ込んだリリアの姿に、周囲の人々は愕然とする。

 魔族は浄化に弱い。

 つまり、魔族にとって神子は天敵ともいえる存在だった。

 それが、ほんの一瞬でやられるなど。


「ようやく見つけたぞ。愚かな神よ」

 魔王が声高にそう言うと、リリアの腹からズルリと神を引き摺り出し、力任せに床に叩きつけた。

 一方リリアの身体は、優しく床に横たえる。


「何があっても守り抜け」

「承知しました」

 魔王はグレイたちに命じると、逃げ惑う神をあっという間に追い詰めた。


「ようやくお前を屠ることが出来る。長かった、長かったよ」


 魔王は呟きながら、もがく神の手足を容赦なく握り潰し始める。

 潰された場所に比例して、神殿に祀られた神の像の手足がぼろぼろと崩れ落ちていく。


 魔王は身動きの取れなくなった神を、生きたまま喰らった。

 その余りのグロテスクな光景に、周囲にいた人々は恐怖の余りばたばたと気を失う。



『いぎゃああああああああああああああああああああああ』

 神殿内を、神の絶叫がこだまする。

 それと同時に、神のご神体である像が完全に砕け落ちた。


「人間共よ。この国の神は死んだ。いいや、たった今私が食ってやった。お前たちの国にはもう神などいない。ついでに神子もいない。せいぜい頑張って魔族に対抗するのだな。我々はお前たちが大嫌いだ」

 魔王はそう言うと、リリアを抱いてその場から消える。

 魔王に続き、いつの間にかグレイと少女二人の姿も消えていた。


 神殿内に取り残された人々が正気を取り戻し、神子なしで魔族対策を行うも、既に何もかもが後の祭りだった。

 わずか数日で、この国はあっさりと魔族に飲み込まれてしまった。








 まどろみの中、懐かしさを感じて薄っすらと目を空ける。

 しかし未だ辺りは薄暗く、ランタンの光がゆらゆらと揺れている。

 耳を澄ますと虫の音が聞こえ、どこか遠くで懐かしい鐘の音が聞こえた。


 次第に暗闇に目が慣れ始めると、目に飛び込んできたのは懐かしい天井の装飾だった。

 リリアはここが、あの離宮なのだと気が付いた。


 瞳がじんわりと濡れ始める。

 だとしたら、呼んでいいのだろうか。

 告げていいのだろうか。

 あの日のように。


 リリアは思い切って口を開いた。


「ジェイド……」

「はい。お側におります」

 間髪入れずに帰ってきた懐かしい声に、リリアはようやく自分が帰ってきたのだと知る。


「ああ…………ジェイドジェイドジェイド……」


 リリアはベッドに横になったまま、顔を覆って号泣する。

 ずっと自分の胸の中にあった恋心。

 それは生まれ変わっても消えることはなかった。

 愛しい故に燻る想い。

 命を終える時、消えてしまったと思っていた恋心が今も間違いなく自分の中にある。



「大丈夫です、私がいます。リリア様。大丈夫、大丈夫」

 ジェイドは、リリアの背中をぽんぽんと規則正しいスピードで優しく叩く。


「まだ明け方です。もう少し眠りましょう。起きたら私の話を聞いてくださいますか?」

 ジェイドはリリアの瞳を覗き込む。

 変らない温かな熱に、リリアはほっと息を吐く。


「ええ、ええそうね。長い時間、お互い色んな事がありましたね」

「……っええ」

 ジェイドの声が詰まる。

 その美しい紫の瞳から、涙がとめどなく流れ落ちる。


「ねえ、ジェイド、わたくしの騎士。ずっと側にいて、離さないで」

「勿論です、私のリリア様」

 リリアから差し出された手を、ジェイドはしっかりと握る。


「さあ、眠って。ずっとお側におります」

「ジェイド……」

 リリアは再び眠りに落ちるのが怖かった。

「大丈夫です、大丈夫、大丈夫」


 ジェイドは規則正しい速度でリリアの肩を叩く。

 暫くすると、泣き疲れたリリアから規則正しい寝息が聞こえ始めた。



「もう大丈夫ですよ、リリア様。あなたを悩ます神は、私がこの手で殺しました。二度と神子などさせません。神との縁は完全に消滅させました」

 神殺しの異名を持つ魔王ジェイドが、柔らかく笑う。



「起きたら沢山話をしましょう。保身と思われるかもしれませんが、私があなたを裏切ったことなど一度もないのだと、きちんと説明させて下さい」

 ジェイドは泣いて火照ったリリアの頬を、その冷たい指先で優しく触れる。


「出来なかったこと、やりたかったこと、これからのことを話しましょう。今度こそ、私の持てる全ての力を使って、あなたを守ってみせます。あなたを煩わす全てのモノは、この私が全て消して差し上げます」

 ジェイドの紫の瞳に、赤色が混じり始める。


「あなたを変わらず愛しています。リリア様」


 囁くように告げたジェイドの頬を、柔らかい風が撫でる。

 開かれた窓から外を見眺めると、ゆっくりと日が昇り始めている。


「またここから始めましょう」


 朝焼けの空の下、二羽の鳥が悠然と飛んでいくのが見えた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ