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私とあなたの序章  作者: めざし
はじまり
2/7

2、ゆらぎ

 15歳になったリリアは、一年後に迎える成人の儀の準備の為に大神殿へと通い始めた。


 離宮から大神殿に続く渡り廊下。

 リリアはジェイドにエスコートされながら、ゆっくりと歩いていた。

 廊下のすぐ横には白い花が一面に植えられ、リリアの目を楽しませる。


「なんて綺麗なの……」


 リリアは思わずほぉっと息を吐くと、立ち止まって花に手を伸ばす。

 その時、ふと視線を感じて顔を上げた。  

 見ると、少し離れた場所に数人の女性が立っており、その中央にいる少女が鋭い目つきでリリアの方を睨んでいた。


 誰だろう。

 リリアはジェイドに尋ねようと隣を見る。 

 するとジェイドはその少女に向かって頭を下げており、近くにいた侍女たちも同じように頭を下げていた。


「どなたかしら?」

 リリアは一人呟く。

「あの御方はリリア様の妹君、カレン様でございます」 

 ジェイドが答えた。


「まあ、わたくしの妹なの? 可愛らしいのね」


 記憶の中の赤子の姿とは違い、愛らしく成長した妹の姿にリリアは微笑む。 

 彼女は艶やかな色のドレスを身にまとい、きらびやかな大きな宝飾品を付けている。

 大人がすると下品に見えるそれらも、まだまだ幼さの残る少女がすると随分可愛らしくリリアの目には映った。


 リリアは再び妹に会えた喜びに、彼女に向かって手を振る。 

 しかしカレンは、それには答えず踵を返して去っていった。 

 周囲にいたカレンの侍女たちも、慌てて彼女の後を追う。


「? どうしたのかしら?」

 リリアは不思議に思う。


「きっと、何か急ぎの用を思い出したのでしょう」

「…………そう」


 ジェイドは言うが、リリアは自分を睨むあの鋭い瞳が瞼の裏に焼き付いて離れなかった。

 まるで自分を憎んでいるかのような眼差し。 

 リリアの指先が微かに震える。


 リリアは今日、初めて人の悪意に触れた。 

 感じた恐怖に胸がつっかえ、その日はなかなか眠りにつくことが出来なかった。



 その日を境に、大神殿に向かう道すがら、気付くといつもあの場所にカレンが立っており、リリアを鬼のような形相で睨んでいた。 

 しかし不思議なことに、彼女は決してリリアに近付くことはなかった。 

 ただただリリアを睨み、目が合うと去っていく。

 そんな日々が続いていた。


 次第にリリアはカレンの姿を見るたび、胸に重い何かが積もっていくのを感じていたが、その正体は分からないままだった。




 大神殿内の最奥、祭壇の間。

 吹き抜けの天井には大きな銀の鐘が吊るされている。

 大神殿の象徴ともいえるこの鐘の音を、リリアは未だかつて聞いたことが無かった。


 リリアは祭壇の真ん中に立つ大神官に深々と頭を下げると、神に祈りを捧げる為に1人その場で膝を折る。  

 成人の儀を迎えるにあたり、神に感謝を捧げるべく、力の限り祈り続ける。

 そうして長い時間続く祈りが終わると、いつもリリアはくたくたになってその場に倒れ込む。


「リリア様!」

 祈りが終わるまで控えていたジェイドは、急いでリリアの身体を抱き上げ、聖水の入ったグラスを彼女の口元に当てる。


「ゆっくりとお飲み下さい」

「ありがとう……ジェイド」


 疲れ切ったリリアは、ジェイドに言われた通りにそれをゆっくりと飲み干す。

 神力を出し切ったリリアの身体の隅々を、聖水が潤していく。


「大丈夫ですか?」 

 毎回のことではあるが、青白い顔をしたリリアにジェイドは辛そうに尋ねる。


「……大丈夫よ、ジェイド。そんな顔しないで。成人の儀が近いから、わたくし少し張り切ってしまったみたい」

「リリア様……」 


 彼女の祈りは国に安寧をもたらす。 

 リリアは自分を愛してくれるこの国の民を思い、力の限り祈り続けた。 


 平和であれ。 

 豊かであれ。 

 幸せであれ。


 祈りを終えたリリアは立ち上がることさえままならない為、暫く休憩した後、そのままジェイドに抱えられて離宮へと戻る。


「いつもごめんなさいね。重くはないかしら」

「羽のように軽いですよ」

「手間ではないかしら」

「私としては役得です」

「いつもありがとう、ジェイド。大好きよ」

「光栄です」

 微笑み合う二人に、侍女たちは安堵しながら彼等の後をついて離宮に戻った。




 長雨が続くある日の朝。

 朝食の時間になっても、リリアの前にジェイドは姿を見せなかった。



「ジェイド、体調でも崩したのかしら?」

「いいえ、私共は何も聞いておりません」 

 リリアの問いに、侍女たちは困惑気味に答える。


「そう……何か急用でも出来たのかしら」 


 結局ジェイドは、大神殿に向かう時間になってもリリアの前に姿を現さなかった。  

 専属の護衛騎士となって10年近く。 

 リリアの側に、ジェイドがいないことなど一度もなかった。 


 リリアは心細く感じながらも、侍女に支度を手伝ってもらい大神殿へと向かった。

   


 渡り廊下に差し掛かる少し手前。 

 リリアは、自分を睨むカレンの姿を思い出す。


 今日もいるのだろうか。  


 リリアは感じたことのない胸の重さに息を止める。


 ジェイドがいないことで、こんなにも心が弱くなる。 

 胸がモヤモヤする。 


 リリアはゆっくりと深呼吸を繰り返した後、大神殿へと続く渡り廊下を侍女に先導されて歩いた。 

 案の定、目に飛び込んできたのは定位置に立つカレンの姿だった。 

 しかし今日、その隣には彼女と話し込んでいるジェイドの姿もあった。


「っ……」  


 リリアはひゅっと息を飲むと無意識に足を止め、二人の様子を窺う。



 ジェイドと話すカレンは、見たことも無い笑顔で頬を染めている。

 リリア側からジェイドの表情は見えないものの、特に気分を害した様子もない。


 カレンとジェイドの距離は次第に近くなる。 

 突然、カレンがジェイドの腕に抱きついた。 

 それを見たリリアの身体がビクッと震える。 

 カレンに抱きつかれたジェイドは、その行為に驚く素振りすら見せずに彼女の肩に手を置いていた。



「……リリア様」 

 背後から気遣わしげな侍女の声が聞こえ、リリアは我に返る。


「あ、ああ、そうね。わたくし、大神殿に、大神殿に行かなきゃ……」 

 リリアはどこか放心状態で大神殿に向かうと、いつも通り祈りを捧げた。

 

 祈りを終えると、いつ戻ったのだろう定位置にジェイドが立っている。 

 リリアはいつも通り彼に抱きかかえられ、彼の手から聖水を飲んだ。


「大丈夫ですか? リリア様」  


 ジェイドの変わらない行動。 

 変わらない言葉。

 変わらない表情。


「……ええ」 

 リリアも変わらず言葉を返したが、彼女の中で何かがゆっくりと首をもたげ始めていた。

 


 その日以降、ジェイドはリリアの側を離れることはなかった。 

 いつも通り、リリアの側で彼女を護る。 

 微笑むリリアだったが、心にかかったモヤが晴れる事はなかった。




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