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魔王さま世紀末を征く!  作者: 鳴雷堂 哲夫
1/5

魔王さま人間界に降臨する

 遥か昔、魔界と人間界との間に戦争が起こった。


人間界側の行きすぎた侵攻が原因となったこの戦争は次第に苛烈さを増し、両軍に数えきれないほどの死者を出した。


終わりの見えない争いに疲弊し切った人々は戦争の終結を望んだが、彼らの願い虚しく戦争はその後数百年の長きに渡り続いたという。


事態を重く見た両軍の指導者たちはようやく停戦に合意し、これにより長きに渡る戦争は一応の終わりを迎えた。


この際結ばれた停戦協定に基づき、人間界と魔界とをつなぐ転移門はその全てが破壊、もしくは封印されることとなる。


これにより人間界と魔界、二つの世界のつながりは半永久的に断たれることとなった。


長き時の果てに人と魔族は双方の存在を忘れ去り……そして一万年の時が過ぎた……。



                      ☆



 「……と言うわけで、これがその伝説に出てくる転移門なのよ!」

よく晴れた空の下、魔王城の中庭にて、少女は自慢げに目の前の古びた門を指し示した。

桃色の透き通った髪と、頭から突き出た大きな角が特徴的な、小柄で美しい少女だ。

彼女の名はマオ。魔界全土をその手に統べる魔神の王である。


 「はぁ……そうですか。」

彼女の隣に立つオオカミ耳のメイド少女が気のない返事を返した。

「なによリル!あんたこういうのに感心ないの?わたしのご先祖さまが残した超古代のアーティファクトよ?すっごいレア物なのよ?」

「いいえ、別に。わたくし、骨董品には興味ありませんので。」

リルは銀色の髪を弄びながら、まるで感心なさげにそう答えた。


 「なによ、つれないわね!」

マオは頬を膨らませぷんぷんと怒った。

「それでマオさま、このぼろっちい門をいったいどうなさるおつもりですか?お部屋に飾るには少々大きすぎる気がしますが?」

「部屋に飾るですって?何言ってるのよリル。わたしはね、これを使って人間たちの世界に遊びに行くのよ!」

「人間界に……ですか?」

リルは怪訝な顔をしてそう問うた。

無理もあるまい。なにせ人間界と魔界とが分かたれて既に一万年もたつ。

当然ながらその間、人間の世界へと赴いた魔族は、誰一人としていないのだから。


 「この門は人間界側にある転移門につながっているの。つまりこれを通っていけば、憧れの人間界に行くことができるのよ!……綺麗なお城に白鳥の舞う澄んだ湖!ほうきに乗って空を飛ぶ魔法使い!それから大海原を行く海賊船!絵本でしか見たことのなかった、憧れの世界へとついに!」

「はぁ……そうですか。」


 夢見る少女モードで瞳を輝かせるマオを一瞥し、リルはやれやれと呆れながらため息をついた。

どうやらこの調子だと、マオは本気で人間界に出かけるつもりらしい。そしてまず間違いなく、自分もそれに付き合わされるのだろう。

リルは心底めんどくさいと思ったが、それを悟られぬよう極めて無表情に務めた。


 「それよりマオさま、先程の話では転移門とやらは全て破壊されたのでは?」

「それがねー、どうもいくつか破壊を免れたものがあったみたいなのよ。これがその一つってわけ。しかもそれが見つかったのが、なんとこの魔王城の地下宝物庫なのよ!どう?すごいと思わない?」

「地下宝物庫……あぁ、今は物置きに使っているあのボロ部屋ですか?あそこにそんなものがあるとは、今まで全然気づきませんでした。」

「でしょー?まさに灯台下暗しってやつよね!」

マオは満足気に笑うと、うんうんとうなづいた。


 「それではさっそく、お出かけの準備をしましょうか?」

「あぁ、いいのよ。今からやるのはゲートの試運転。ちょっと行って、すぐ帰ってくるだけだから。」

「ですが……。」

「いいからいいから!ささ!さっさと門を動かして、人間界に遊びに行きましょう!」

マオはそう言うと、転移門に手を当て、己の魔力を流し込んだ。


 すると、門の表面に古代呪文が浮かび上がり、七色に輝きはじめた。

マオの奔放な魔力を受け、一万年の眠りからゲートが目覚めたのだ。

門がギギギと音を立て自動的に開き、その内部に古代の転移魔法が渦巻き、展開する。


 「よし!起動実験は無事成功ね!さっそく行きましょう!」

マオはウキウキ気分でスキップしながら、門の中に渦巻く魔力の奔流へと足を踏み入れた。

リルはやれやれと呆れながら、その後につづく。

やがて二人の姿は渦巻く魔力のトンネルに飲み込まれ、姿が見えなくなった。




                      ☆




 一瞬の浮遊感、そして体にのしかかるような重力。

視界を覆う暗い魔力の渦が晴れ、二人の少女の前に人間界の光景が広がる。

まず彼女たちの目に入ったのは、埃が舞い散る薄暗い空間だった。

かなりの広さがあり、そこかしこに壊れた彫像や絵画が転がっている。

ここはどうやら建物の中、それも見たところ、博物館か美術館のロビーらしい。


 「ゲホ、ゲホ!ずいぶん埃っぽいわね?ここが人間界なのかしら?」

「見たところ、ここはどこかの展示場のようですね。だいぶ荒れているようですが……。とりあえず外に出てみましょうか?」

二人の背後でドスンッという音がして、転移門の扉が閉まった。

二人の少女を人の世界へと送り届け、力を使い尽くした転移門が、再び眠りへとついたのだ。


 「あら、門が閉じてしまいましたね?」

「また魔力を流し込めば動き出すわ。帰ってくる時はこの場所を忘れないようにしないとね。」

マオとリルは美術館の分厚い鋼鉄製のドアを押し開け、外の世界へと踏み出した。

___そしてあたりに広がる光景を目にし、言葉を失い立ち尽くしてしまう。


 そこにあったものは、見渡す限りどこまでも続く広大な砂漠と、砂に埋もれるようにして横たわる倒壊した高層ビル群。

雲一つない青空には禿鷹が舞い、眩く輝く太陽がそれらを燦然と照らし出す。

マオたちはその巨大な都市の残骸を目の前にし、ただ唖然として息を呑むことしか出来なかった。


 「……これは……この荒れようはいったいなんなの?いったいどうしてこんなことになってしまったのよ?」

ようやく口を開いたマオが、声を絞り出すようにしてそう呟く。

「戦争か天変地異でも起こったのでしょうか?建物の荒れ具合からみて、相当の年月が経過しているようですね。おそらく数百年は経っているかと。」

「数百年……。」

マオは呆然と呟くと、その場にへなへなとへたり込んだ。


 マオにとって人間界を旅することは幼い頃からの夢であった。今は亡き父の膝元で、人間界の様子を記した子供向けの絵本を読み聞かせてもらうのが彼女の楽しみであり日課だった。

成長するにつれて人間界への憧れは日々強くなっていき、父が死に、王位を継承した後もそれは変わらなかった。


 数日前、普段は物置代わりに使われている地下宝物庫を掃除していたメイドが、偶然転移門を発見した時には、飛び上がるほどに喜んだものだ。

絵本に書いてあったあの憧れの世界へようやく行くことができる、人間たちの世界を思う存分冒険できると。


 しかし現実はどうだろう?

街は荒れ果て、砂漠に覆われ、人の気配などまるでない。

絵本に書いてあったものとはまるで真逆な、荒涼とした世界が広がるのみだ。

現実とはこんなものだろうか?

(期待しすぎたわたしがバカだったのかしら?)

マオは落胆し、ため息をついた。


 「……帰りましょうか?」

マオは立ち上がり、ドレスの砂を払い落とすと、踵を返して美術館へと戻ろうとした。

「お待ちください、マオさま!」

しかしリルが鋭い言葉でそれを制する。


 「んー?どうしたの、リル?」

「マオさま、何か聞こえませんか?」

「聞こえるって何が?」

「少しずつこっちに近づいてきています。その……ケモノの唸り声……でしょうか?いままで聞いたことのない、とにかくなにか変な音です。」

リルは頭のオオカミ耳をピクピク動かしながら、困惑したようにそう答えた。


 リルはオオカミ獣人であり、常人では捕らえることのできない僅かな音や匂いを察知することができる。

彼女が捕らえた音は次第にその音量を増していき、それはやがてマオの耳にも聞こえるほどに大きくなってきた。

それはブロロロロロ……という、マオたちが生まれて初めて聞く、奇怪極まる重低音だった。


 もしこの場に近代文明に精通した者がいれば、すぐさまそれをエンジン音だと指摘したことだろう。

しかし科学文明とは縁遠い、魔界で生まれ育ったマオたちには、それがなんなのかさっぱりわからなかったのだ。


 「行ってみましょう!」「マオさま!お待ちを!」

マオはリルの制止も聞く耳持たず、音の聞こえる方へと駆け出していった。

リルは「あー、もう!」と頭を掻きむしりながら、仕方なくその後を追う。

二人は砂埃に塗れた路地を抜け、行手を塞ぐ障害物を素手でぶち壊し、音の聞こえる方角へと一目散に駆けていく。


 「確かこの辺りよね?」

二人は入り組んだ裏路地を抜け、広い車道へと進み出た。

「危ない、マオさま!」「え?」

ブロロロロロ!

マオが音の聞こえた方に目をやると、前方に巨大な車輪が迫っていた。

車輪?そう、車輪である。

回転する巨大な車輪の中に人が乗った奇妙な乗り物が、マオのすぐ目の前まで迫って来ていたのだ!


 「危な……ゲフゥ!」

マオは咄嗟にかわそうとするが時すでに遅し!

回避が間に合わず、そのまま巨大車輪に跳ね上げられてしまう!

マオの砂糖菓子のように華奢な肢体は、風に舞う木の葉のようにクルクルと宙を舞い、そのまま頭から地面のアスファルトへと叩きつけられたのだった。

「マオさまーーーーー!」

リルの悲痛な叫びが、砂塵に塗れた荒廃都市に響き渡った。





___つづく

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