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スマホを背負ったジャマイカな猫  作者: おふとあさひ
8/16

#ジャマイカな猫


8.#ジャマイカな猫



 幹線道路の抜け道になっているのか、歩道の無い一方通行の道なのに、通り過ぎる車は、結構なスピードを出していた。クリニックや、個人商店も見かけたから、何度かは、誰か、危ない目に遭ったんだろうなって想像する。せめてもの救いは、通学路にはなってなさそうだということぐらいだろうか。


 さっきは、猫の私も、あやうくひかれかけた。無我夢中で逃げていて、飛び出してしまったから。


 どれくらい走っていたのだろう。

 息を切らしながら、後ろを振り返った。もう、白猫の姿は無い。

 ホッとして足を止めると、月極駐車場に停めてあるミニバンの下に水たまりを見つけた。エアコンの水なのだろう。


 自然と、体がそちらに向かって動き、ペロペロと舐める。

 乾いた喉が、潤っていく。地面に溜まった水を舐めることに、全然、抵抗が無い……。なんだか、少しずつ、猫に慣れてきているのかもしれない。

 水たまりの水を舐めつくして、そのままミニバンの床下に潜り込んだ。


 走り疲れて、足が痛いっていうのもあるけど、時間を潰すことも必要よね。

 だって、今、青木君のアパートに帰っても、中に入れないし。


 スマートフォンを取り出し、何気なく、『須藤沙羅』と自分の名前を入力して、エゴサーチをかけた。


 三日前に起こった、メッタ刺し事件の被害者……そんなタイトルが並ぶ中、つい今しがたアップされたネットニュースを見つける。

 心臓をバクバクさせながら、そのニュース記事をタップした。


『須藤沙羅さん(二十五歳)が路上で刺された事件で、犯行に使われたと思われるサバイバルナイフが、現場近くの河原で発見されました。そのサバイバルナイフは、流通量が少なく、事件の二日前、地元の商店街にあるキャンプ用品の専門店で、買われた可能性が高いことも判明しております。現在、サバイバルナイフを購入した人物を特定し、事情聴取をしているとのことです』


 えっ?

 容疑者が事情聴取されている!?

 そんなはず、無いよ。彼は、今、警察なんかに行っていないはず。


 別のネット記事を検索すると、『サバイバルナイフを購入した女性を重要参考人として事情聴取中』となっていた。


 女性!? 何よ、それ?

 誰なのよ?

 その人は、私を刺した犯人じゃないわ。何をしてるのよ、警察は!

 どんな捜査したら、そうなるのよ。ポンコツかよっ!

 誤認逮捕だけは、やめてあげてよね。冤罪に苦しむ人なんか、見たくないから!


 どの辺りを歩いてきたのかわからない。青木君のアパートに着いた時には、すっかり日が暮れていた。


「どこ行ってたんですか? 帰ったらどこにもいないんで、心配しましたよ」


 ドアが開くなり、青木君が顔を出した。やっぱり、青木君はいた。

 まあ、話はあとから……と、私は、青木君の脇を抜けて部屋に入る。


 ピーッと、お湯が沸いたことを知らせる甲高い笛の音にビクリとしつつ、ラグの上にスマートフォンを置いて、高速タップした。


『で、記事は完成した? もう、公開した?』


 青木君が、カップラーメンにお湯を注ぎながら、流し台のふちに置いたスマートフォンを覗き込む。

「記事は、ほぼ完成しましたね。明日にでもアップされるんじゃないですかね」

『そう。それはよかった。ありがとう。感謝するわ』

「公開されたら、ネットが、荒れると思いますよ。人気絶頂アイドルの大スキャンダルですからね」


 青木君は、お皿にご飯をつぎ、私の前に置く。カニかまぼこが三本、ご飯の上にのせられていた。


 私の夕食ね。


「そういえば、夕方ごろから、ネットでバズっている話題って知っていますか?」


 割り箸が載ったカップラーメンをローテーブルに置いた青木君が、あぐらをかく。

「『(ハッシュタグ)ジャマイカな猫』で、何本か動画が上がってますよ」


 #ジャマイカな猫!?


 青木君が、スマートフォンでネット検索をして、その動画の一つを見せてくれた。すでに一万回近くまで視聴されている動画には、バスの後部バンパーに座って手を振る猫が映っていた。

 ジャマイカ柄の服を着て、爆笑しているようにも見える。ドライブレコーダーの映像らしい。


「そんな目立つ格好して、外に出たら、そりゃ、人目を惹きますよ」

 ラーメンをすする青木君は、呆れているようだった。

 一旦箸を置いて、さらにスマートフォンを操作して、関連付けされた動画を再生してくれる。


 大通りを闊歩するジャマイカな猫。

 人目を気にして逃げ出すジャマイカな猫。

 極めつけは、木の上のジャマイカな猫……。


『これ、CGだろ?』

『さすがに、これは嘘だわ』

『いや、この猫、本当にメール打ってんじゃね?』

『良く出来てる映像だよなぁ』

『なんで、急に、ジャマイカな猫? 何きっかけ? みんな、同時にCGを作ったわけ?』


 動画の中、木の上にいるジャマイカな猫は、スマートフォンをタップして、メールをやり取りしているように見えた。

 それを見たネット民が、目の錯覚なのか、はたまた、本当にメールを打っているのか、と、物議をかもしていた。


 私は、カニかまぼこがのったご飯を、飢えた猫のようにガツガツ食べた。


 あ、私は、猫か。


「もう、外に出ない方が、いいんじゃないですか? 猫として、有名になりたくないんですよね?」


 顔を上げると、青木君は、思ったより上品に麺をすすっている。特に意識もせずに、自然と出てきたアドバイスなのだろう。


 確かに、そうかな。ちょっぴり、目立ち過ぎちゃったかな……。


「でも、もったいないですよね。今の須藤さんを独占取材出来れば、記事がバズって、すごいお金になりそうなんですけどねぇ……」


 青木君は、ラーメンのスープを飲み、カップをテーブルに戻す。

「所在を明かさなければ、有名になっても関係ないんじゃないですか? 須藤さんが迷惑がるようなことには、なりませんよ。謎が謎を呼べば、ブームも引っ張れますし、そしたら、ボク、大金持ちになれるんですけどねぇ」


 未練がましいことを言う。その件は、一度、はっきりと断ったのに……。


 でも、私の心も、少し揺れていた。

 確かに、私に害が及ばなくて、青木君にお金が入るなら、有りかもしれない。そんなことを考えながら、食べ終わった後のお皿を舐めていた。


 私は、口の周りを舌で舐め回しながら、暗証番号を打ち込んで、自分のスマートフォンを開く。

『ずっと、家にいていいの? 動画を撮るって言っても、この家の中でしかできないよ。だって、私は、外には出られないから』

「ぜんっぜん、いいですよ。この家の中で、やれることだけでいいですから。スマホを打つところとか、そんなのを撮らせてくださいよ」

 青木君の目が、ハートマークになっている。

 人間の時の私には、興味が無かったくせに。


 青木君は立ち上がり、冷蔵庫からカニかまぼこを持ってきて、私の目の前でブラブラと揺らした。

「おかわり、いります?」


 カニ風味のかまぼこは、本物よりも芳醇で、香りが高い。海鮮の王様と言っても過言では無い。そんな風味絶佳なカニかまぼこが、今、目の前で、二本も揺れている。


 ……ゴクン。思わず喉が鳴った。


「どうですか? 動画を撮らせてもらえますか? 撮影許可をいただけませんか?」


 これが買収行為だと分かりつつも、私は食欲を抑えきれず、青木君がつまんでいるカニかまぼこにかぶりついてしまう。


「あ、食べましたね? それって、オーケーってことですか? そうですよね?」


 し、しまった。

 やっぱり、買収工作だったか。

 しくじった。は、早く否定しないと。


『何を言っているの? これっぽっちで、引き受けるわけないじゃない』

「あ、もうちょっと要ります?」

「にゃあぁあ!」(ちがーう!)


 青木君に飛びつく。

 立ち上がりかけた青木君の動きを止めることには、成功した。

 本当はもうちょっと食べたかったんだけどと思いつつ、青木君を見上げる。


 青木君は、微笑みながら少し顔を傾けただけだった。

 きっと、撮影を了解しないかぎり、追加をくれる気は無いのだろう。


 私は、背中のポケットからビニル袋を出し、あたりめを一本、引っ掻き出す。そのあたりめを咥え、ガシガシと牙でしごきながら、高速タップした。


『やっぱり、ちょっと、考えさせて。まずは、私の望みを叶える方が先。動画を撮るのはそのあとだよ』

「え? 望みって何でしたっけ? 例の、スキャンダル記事を公開して、三橋に刑罰を課すってヤツですか?」

『そうよ。それに決まってるじゃない』


 私は、殺される三週間前、青木君と最期の食事をして、青木君がトイレに立った隙に、置いてあった彼のジャケットのポケットに、手紙を入れた。


 あなたは、あの手紙を読んだの?

 それとも、読んでいないの?


「そうっすか! じゃあ、もうすぐですね。明日には、記事は公開されますから」


 読んだのなら、その記事の公開が、私にとってどれだけ大きな意味を持つことなのか、わかっているでしょ?


「でも、須藤さん、なんで、その記事にこだわってるんですか? 前に聞いた正義感だけじゃないっすよね? 今は、猫になって、ジャーナリストじゃないんですから。三橋コウジのフアンだってりして? もしかして、三橋にリアコ? 好きすぎて、憎んじゃってるとかですか?」


「にゃにゃにゃにゃあぁぁあ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい。嘘です。言ってみただけですよ。ハハハ」


 こ、こいつは、本当に知らないんだ。

 青木君は、手紙を読んでいない……。


 な、なぜ?

 手紙は、どこにいったの?

 落としたりしていないよね?


 青木君以外の人に読まれると、恥ずかしいんですけど……。


「でも、楽しみだなぁ、ジャマイカ猫の動画。きっと、間違いなく、バズりますよ。アフェリエイトで、収入、ガッポガッポ入ってきちゃいますよ。どうしましょうかね、ヤバいっすね」


 能天気だね、相変わらず。


「そしたら、高級なキャットフード、いっぱい買ってあげますね」


 キャットフードなんて食べたくない……と、あたりめを嚙みながら、青木君を睨んだ。


 高級なブランド牛肉を食わせろよ、アオキ!


 次の日の朝、出社する青木君を玄関まで見送ると、あくびをしながら、部屋に戻る。

 昨日と変わらないはずなんだけど、なんとなく、部屋の眺めに、違和感を覚えた。

 部屋の中を見回す。


 ペラペラの布団がのるベッド、バカでかいテレビ、豪華な装飾がされた、青木君が毎朝拝んでいるツボ。


 あれ?


 壁にあるフックには、見たことがない肩掛けポーチが掛かっていた。グレーのような、ダークグリーンのような、おじさんが好きそうな地味な色合いのそれは、新品のように見える。


 このポーチ、買ったのかしら?

 おっさんくさい趣味よね、青木君……。


 でも、私が気になっちゃったのは、これじゃない。

 私は、カラーボックスの上で、視線を止めた。


 写真立てが無い。


 伏せられてはいたけど、確か、カラーボックスの上に、佐原すずと一緒に写っている写真立てがあったはず。

 飛び乗って確認してみたけど、やっぱり写真立ては無かった。


 どこかに隠したのかな。それとも……。

 いや、きっと、それだけのことよね。


 私は、カラーボックスから飛び降りて、日の当たる窓際に寝そべった。

 ぐぃーんと反り返るほど背筋を伸ばすと、昨夜の疑問が再び、頭をよぎる。


 青木君、あなたは、あの手紙を読んでないの?


 最後の食事の時、椅子に置いてあった青木君のジャケットに、そっと入れた手紙の下書きは、スマートフォンに保存してある。

 私はスマートフォンをいじり、そのメモ書きを開いた。



『青木君、突然のお手紙で、ゴメンね。驚いた?

 事故の真相を追っている件、色々と手伝ってくれてありがとう。

 言ってなかったけど、あの事件、バイクの単独事故とされて死んだのは、実は、私の彼氏なんです。だから、彼の仇討ちをするのが、私に課せられた使命なんです。

 この事件、絶対に白日の下に晒して、なんとしても、真犯人に罪を償わせたいんです。

 あと少しで、記事にできると思っています。そして、ネットで公開すれば、きっと警察は動いてくれます。そして、いずれ真犯人は逮捕されるでしょう。その時、私の望みは、ついに叶うということになります。

 私は、この日が来ることだけを希望の光にして、今まで生きてきました。だから、真犯人が逮捕されるのを見届けられることができれば、もう、思い残すことは、何もありません。

 私も、彼、園田マキトの後を追おうと、ずっと前から決めていました。私の人生は、マキト無しでは、考えられなかったからです』



 かつて、青木君のジャケットに忍ばせた手紙は、今読んでも、重い内容で始まっていた。

 青木君に書いた手紙の下書きをスワイプして、続きを読む。



『それで、いいと、ずっと思ってたんです。本当なんです。

 でも、実は、最近、考えが変わりました。また、新しい恋が出来るような、気がしてきたんです。きっかけは、近くに、気になる人が出来たことです。でも、その人には、どうやら、彼女がいるようです。

 ある時、私は、その人が彼女と別れて、私と付き合ってくれないかなぁ、なんて淡い期待をしていることに気付いて、自分がイヤになりました。

 これは、遺言ではありません。また、ラブレターでもありません。ただ、自分がこれから生きて行くためには、これを書いて、渡さないと再出発できないと思ったんです。

 青木君に、感謝の気持ちを伝えたかったんです。これからも、生きていこう、新しい恋をしよう。そういう、きっかけをもらっただけで、とても、ありがたいんです。

 これからも、よろしくね。彼女を大切にしてね』



 私は、未練がましかった。これで手紙を終われば良かったのに、追伸を書いてしまっていた。


『P.S.もし、彼女と別れたら、私と付き合ってね。別れなくても、しばらくは、青木君を追いかけて、ストーカーになっちゃうかも……なんてね』



 日の当たる窓際で、手紙の下書きを閉じる。

 読み返してみると、やっぱり、青木君は、この手紙を読んでいないのだと確信した。


 だって、もし、読んでいたなら、三橋のスキャンダル記事に賭ける私の思いを知っているはず。

 そして、事件が公開されることをそっちのけで、自分が金儲けできることに対して、あんなにはしゃいだりは出来ないよね、ふつう……。いくら、能天気な青木君でもさ。


 そういえば、今日、記事が公開されるって言ってたっけ。


 私は、スマートフォンを何度もタップして、ネットニュースを検索した。でも、三橋の記事はヒットしなかった。


 アップはまだかなぁ……なんて思っていると、ガチャガチャと部屋の外で物音がした。

 私は、虚を衝かれて、ビビーンと、全身の毛が逆立ち、背筋が伸びる。

 恐る恐る、玄関の方を見た。

 ガチャリと、鍵が回る。


 何?

 青木君が早退してきた!?

 いや、それだったら、チャットしてくれるはず……。


 第一、さっき出て行ったばっかだし、そんなはずないよね。


 ドアノブが回り、重そうなドアがガクンと揺れる。


 だ、誰?

 ひょっとして、空き巣?

 や、ヤバくない!?


 ホラー映画のワンシーンのように、ゆっくりとドアが開く。


 ちょっ、ちょっと!

 無理、無理、無理無理無理無理。

 や、やだ、やめて!


 やめてーっ!


 私は、急いでカーテンの裏に隠れて、気配を消した。


「もう、ほんとに、ひどい目にあったんだから。ぜんっぜん、信じてくれないし、帰してくれないし」


 どこかで聴いたことがあるような、若い女の声。

 恐る恐る、カーテンと床の隙間から、部屋の先を覗く。


 す、すず!?


 記憶の中や、写真で見たよりも、げっそりとして、やつれているけど、間違いない。前髪を眉毛の上で揃えたショートヘアの佐原すずが、スマートフォンを耳に当ててしゃべりながら、部屋に入ってきた。


 すずは、この部屋の勝手を知っているようで、何の迷いもなく、冷蔵庫のドアを開ける。


 ど、どういうこと?

 合鍵を持っていたってこと?

 同棲しているの?

 いやいや、そんなはずないよね。ここ二日間は、いなかったし……。


 同棲はしていなくても、すずは青木君の部屋に、自由に出入りできるってことか。そんな関係だったんだ……。


 すずは、スマートフォンを耳にあてたまま、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。

「そうよ、そうなのよ。じゃあ、あれはやっぱり、マチがアリバイを証言してくれたんだね。だから、事情聴取から解放されたんだ」


 アリバイを証言?

 事情聴取?

 な、なんだか……ちょっと、恐ろしい話をしてるんじゃ……あ。


 ひょっ、ひょっとして……!?


 私は、雷に打たれたような衝撃を受け、わなわなと全身が震える。

 昨日読んだニュースの記事が、フラッシュバックする。


『事件に使われたサバイバルナイフを購入した女性を特定し、事情聴取中――』


 そ、それって、すずだったってこと!?

 事前に、すずが購入していたっていうことなの!?

 ど、どういうことだろう……。


 私は、何か、大きな勘違いをしているのかもしれない。


 私はカーテンの裏で、低く伏せていたけど、平静さを失って、左右の前足で交互に顔を拭った。


 すずは、片手で、リングプルを開け、ベッドを背にして座る。

「それは、ありがとう。そのおかげで、自由になれたんだから、マチには、感謝してるよ。本当よ」


 マチ?

 千林万知?

 すずと万知は、今でも繋がってたんだ。


「アリバイの証言をしてくれたことは、感謝してるけど、そもそものきっかけを作ったのは、万知だからね。そこは、忘れないでね」


 万知が、すずのアリバイを証言したって、警察に嘘をついたのかしら……。いや、違う。きっと、万知とすずは、本当に一緒にいたんだわ。

 私が刺されたとき、二人は、現場にいなかったんだ。


 だって、私を刺したのは、すずでも、万知でもないんだから……。


「万知のせいだからね。万知が変な情報を入れてくるから、こうなったんだから。万知は共犯よ」


 〝変な情報〟ってなんだろうって考えていたら、急に、ある光景が蘇った。


 泥酔してしまって終電を逃し、青木君とホテルに泊まった次の日の朝だ。青木君とぶつかりかけて、転倒した自転車に乗っていた女性は、やっぱり万知だったのだ。



 心臓が、バクバクと大きく脈打った。

 もっと、話が聞きたい。

 私は、そんなことを願いながら、カーテンの隙間から覗いていた。


「じゃあね。私は、青ちゃんの家に着いたから。青ちゃんが帰ってくるまで、少し寝るわ」

 すずは、スマートフォンをテーブルに置き、代わりに飲みかけの缶ビールを手に取った。

 願いは実らず、二人の会話が終ってしまった……。


 すずは、缶ビールに口につけたまま逆さにして振る。最後の一滴まで飲み干すと、両手で缶を潰して、ゴミ箱に放り込んだ。


「はぁ、疲れた……もう、いや」

 そんな独り言を言って、すずは、背中からベッドに倒れた。疲れ切ったように、「はぁーあー」と、ため息とも、深呼吸ともとれる長い息を吐き出す。


 しばらくして、すずのいびきが聴こえてきたけど、私は、カーテンの裏で伏せたまま、動けなかった。


 私が殺された経緯は、きっと、私が想像していたのとは違う。

 猫になってから、考えないようにしていたけど、やっぱり、そうはいかないらしい。


 どうして私が、刺されて殺されたのか、ちゃんと正しく認識しないとダメなんだよ、きっと。

 じゃないと、猫になったのに、また、殺されるかもしれないし。


 私は目を閉じ、これまで封印してきた、心がすさんだ時期の記憶を手繰った。




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