金魚、桜、音
嗚呼、外が見てみたい。
金魚鉢の中で泳ぐ金魚は願う。
与えられた環境、与えられた空間、与えられた時間のみで生きていくのは金魚にとっては意味の分からないことだった。
暇があるからこそ考えてしまう、意味。
彼女は世の中に終着点はないのだと知った。
「金ちゃん、明日カラオケあるんだけど、みんなで行かない?」
一匹の魚が話しかけた。彼女は金魚と違い、小さな空間の中でもより楽しく生きようとするものだった。
そんな彼女のことを、金魚は尊敬し、また同時に恐怖も感じていた。
「んーごめん。今日塾があってさ。遊べないんだ……」
「そっかあ、金ちゃん勉強頑張ってるもんね。じゃあ、また今度空いてる日があったら遊ぼうよ」
「うん、いつになるかわかんないけどあったら伝えるね」
そんなやり取りを終え、去っていく魚。一人取り残された淡い教室で、金魚は小さく息を吐いた。
「なんなのこの点数は!?」
ヒステリックな声が響く。
大きな魚は、頭を押さえ金魚を強く睨んだ。
「貴女、あれだけ頑張っていたのにどうしてこれだけの点数しか取れないの?」
「…………」
「ねえ、貴女に聞いてるのよ?」
大きな魚の無加工な質問に対して答えることは出来ない。
事実に勝る口実などありはしないのだった。
「はあ……今回の件は親御さんに報告させて頂きますからね。全く……進学してすぐだってというのにどうしてこうも成果を出さないのかしら」
「あら、お帰り」
玄関を開けると素っ気ない声が耳に入る。
台所に行くと、親が食料を作っていた。
「塾の先生から聞いたわよ。あんたまた悪い点取ったんですってね。あれだけお母さん言ったじゃない。どれだけ頑張っても結果が良くなかったら何もやってないのと変わらないって」
そんなことを言いながらも親は手を止めない。
こちらに目線すら向けない。
「…………」
金魚は、親の声を背中で感じながら二階に上がる。
自分の部屋に入り鍵を閉めてベッドにダイブした。
何もかもが怠い。このまま地面に沈んでいきたい。
頭の中身が消えていくのを知った金魚は、重い体を起こして窓を開ける。
視界に満開のカンザンが広がった。ヒラヒラと舞い散る花びらは、一時ながらも強く、そして美しい。
思わず、よろけてしまう。
どうやら知らない間に咲いていたようだった。
サラサラと、風に揺れる音が心地よい。
目を瞑り聴いていると、今までの雑音がどこか遠くに行った気がした。
金魚は願った。
この桜の花びらになりたい。なって、外に行きたい。
今が無理でも、この先にはきっと望む答えがある。
金魚は決意した。
その日、また一枚花びらが散った。金魚の死など、人は誰も気にしないだろう。