第五話 〜The 1st Contact Vor.01〜
「ただいま、緋色ノ女煌帝」
俺の言葉はあまりにも端的だろう。
だが、それでいい。
言葉の意味は彼女に伝わるはずだから。
そして理解した彼女は、涙を流しながらも微笑む。
あぁ、やはりわかってしまう。
本能で理解してしまう。
ここが、ゲーム世界だったはずの場所が現実に置き換わっているのだと。
だがある意味で、それでよかったと思えてしまう自分もいる。
二律背反な感情に、戸惑いを覚えながらも、酷く困惑することはなかった。
心のどこかで納得したのだろう。
物事を深く考えるのは、情報を得てからの方が何事も上手くいく。
そんなふうに考えが落ち着いている、それ自体悪い事では無いが、いささか冷静すぎる自分に不安を感じる。
でも、それでも目の前の彼女を見ると、自分が間違っていないことを確信できた。
「なぁ、緋色ノ女煌帝……こk」
「待って!」
言葉を被せるようにして止められる。
俺に何か間違いでもあったのだろうか。
不安そうな瞳で見つめられている。
「ん……どうした?」
俺の言葉は至って普通だが、目の前の彼女は少し戸惑ってしまっている。
「何かあったか、緋色n……」
「えぇ……その緋色ノ女煌帝というの、辞めてもらえるかしら……」
言葉を聞いて、彼女の言いたいことは何となくだが理解できる。
今呼んでいる呼称は、いわゆる彼女の二つ名だ。
俺自身も昔、二つ名で呼ばれた事はあったが、無性にむず痒くなるのを思い出した。
「ん、そうか……それなら、何と呼べば?」
彼女がゲームキャラクターだった頃の設定では、彼女自身を指す名前はなかった。
故に二つ名で呼んでいたのだが、今なら彼女の口から本当の名を聞けそうだ。
「私の名前……特に無い、のかしら?」
あぁ、今盛大にずっこけそうになった。
分かってた、分かってましたよ?
「っ……名前、ないのか?」
「えぇ……個別での名前は……ないの」
少し落ち込んで見える。
ゲーム時代、このような小さな表情変化はあり得なかった。
そうであるが故に、この世界が現実であることを認識でき、目の前の彼女もまた虚実でないことを知る。
「赤……緋、フレア?んー、直球でフレア」
「フレア……そう、フレアね?」
彼女は受け入れるよう、納得するよう、何度も言葉を反芻した。
「旦那様らしくて、暖かい名前ね……とても嬉しいわ」
柔らかな表情は、その名前を喜んでくれていることを示唆する。
全くと言っていいほどに捻りのない直球な名前でも、彼女にとっては特別な物だったのだろう。
「旦那様、今後はフレアと呼んでくれますか?」
彼女の潤んだ瞳は、不安気ながらもツィーゲを見つめる。
本当は怖かったのだろう。身体も震えており、腕の中に収まっているからこそ伝わる不安感は、どうしてもツィーゲの心を締め付けた。
「あぁ、君がそれを望むならいつまでも」
彼女は……フレアは言葉を聞いてからゆっくりと落ち着いていく。
どれ程までの時間が過ぎ去ったかを知らないツィーゲでも、少しは感じ取れるものが確かにそこにはあった。
「だから教えてくれ、フレア。今この世界はどこなんだ?」
優しく微笑み抱き締めながら話す。
遅くなった事を理解できたから。
彼女を待たせすぎたから。
そして、ツィーゲは何も知らないから……