#1
#1
「サイトウ。何故、この資料にこの前の情報が入っていないんだ。」
「それは、以前お見せした際に、不要という話になったので、入れていません。」
「それが、この前変わって、必要になったから入れておいてくれ。」
「承知いたしました。」
タカハシさんはそう言うと、自分の席に戻っていった。
「また、資料直しか…。タカハシさん、最近こういった指摘多いよな。」
「まぁ、まだ間に合うから問題ないよ。」
「タカシ、お前もお人好しだからなぁ。あんま無理すんなよ。」
「はは、気にかけてくれてありがとう、シュウ。」
シュウは僕の肩に手をポンと軽く叩いて、彼のパソコンに向き直った。
資料の修正は特に大変な作業ではないし、今日も問題なく、定時過ぎには帰れそうだな。
サチコに後で連絡を入れておこう。
—
「ただいま。」
台所の方を向くとサチコがいた。
「おかえり、タカシ。早かったね。」
「うん。サチコ、これ頼まれてたやつ。」
そう言って買ってきた食材を台所に運んだ。
「ありがとう。」
サチコは食材を台所に持っていき、夕食の仕度を始めた。
寝室に戻って、スーツから部屋着に着替え、居間に戻った。
—
「今日はお義母さん、来てくれた?」
「うん。お昼を一緒に食べに行ったよ。」
「そっか。また、今度お義母さんともご飯一緒に食べに行きたいな。」
「うん。お母さんに連絡しておくね。」
#2
今日は少し遅くなった。
明日はサチコとお義母さんとお昼を一緒に食べにいくから、早く帰らないと。
…道の先に何かあるな。
……人が倒れている!
咄嗟に走って、倒れている人に近づいた。
倒れている男性は高齢の男性だった。
「大丈夫ですか?!」
呼びかけたが、反応はない。すぐに救急電話で救急車を呼ぶことにした。
電話の後、男性の安全姿勢を確保して緊急車両の到着を待つことにした。
倒れている男性に外傷はない。
突然倒れた訳ではなさそうだ。
人通りも少なくないこの道で倒れているってことはそれほど時間は経っていないと思うけど、大丈夫か。
—
到着した救急車に男性が運ばれるのを見送った。
持っていた携帯を取り出すと、サチコから連絡が来ていた。
サチコに電話をかけて事情を話すことにした。
#3
「タカシ、葉書が来てたよ。コンドウさんって人からみたい。机に置いてあるから」
「ありがとう、サチコ。」
机を見ると、確かに葉書が来ていた。
差出人を確かめると、”コンドウ ゲンジロウ”と書かれていた。
身に覚えがない名前だ。けど、裏を返して内容を見ることにした。
“
サイトウ タカシ様
この前は見ず知らずの私を助けていただきありがとうございました。
あなたのおかげで命を長らえることができました。
今、無事にこうしてあなたに手紙を送れるまでに回復いたしましたが、
お礼を伝えようにも肝心のあなたの素性がわかりませんでした。
そこで失礼ながら探偵を雇い、こうして住所を調べ、手紙を送ることとなりました。
不躾ではございますが、お礼に何か恩返しをさせていただきたく、
もしよろしければ一度お会いしたいと思っております。
よろしくお願いいたします。
コンドウ ゲンジロウ
“
筆で書かれた大変達筆な字だった。
「サチコ、この手紙どう思う?」
「ん〜、そこまでしてお礼がしたいなら、行ってもいいんじゃないかな?」
「それもそうかな…」
#4
コンドウさんと約束した喫茶店に着いた。
喫茶店の中に入ると、落ち着いた雰囲気で品のあるお店だった。
店内の奥を見ると、見覚えのある老人の姿を発見した。
老人の方もこちらに気がついたようで、椅子から立ち上がった。
待たせるのも申し訳ないので、少し足早に老人の方に向かった。
「サイトウさんですか?」
「はい。では、あなたがコンドウさんですか?」
「はい。その通りです。どうぞ座ってください。」
「ありがとうございます。失礼します。」
—
コンドウさんから助けてもらったお礼を伝えられ、
搬送された病院での出来事や現在の体の状態について話をした。
—
「サイトウさん、こちらわずかながらのお礼になります。」
「気を使っていただいてありがとうございます。」
コンドウさんから有名な和菓子の袋を渡された。
サチコは和菓子が好きだからきっと喜ぶだろう。
—
「では、コンドウさん。私はこれで失礼します。お体を大切にしてください。」
「ありがとうございます。本当にこの度は感謝してもしきれません。」
コンドウさんは一度下に目を配った後、笑顔になった。
「サイトウさんの人生が幸福に満ち溢れますように。」
—
「サチコ、コンドウさんから和菓子もらったよ。」
「すごーい!好きなやつだ!嬉しい。コンドウさんはどんな人だった?」
「すごい優しそうで穏やかな人だったよ。」
「そうなんだ。よかったね、タカシ。」
サチコは和菓子の袋から和菓子の箱を取り出して台所に持っていった。
「タカシ、袋の中に封筒が入ってたよ。」
「え?」
サチコの方を向くと、サチコが封筒を持っていた。
「コンドウさんからだよ。」
「ありがとう。」
サチコから受け取った封筒を受け取ると、
手紙以外にも何か入っていそうな見た目と感触だった。
封を切って中身を取り出すと手紙と綺麗な柄の小さな巾着が入っていた。
手紙を読んでみる。
“
サイトウ様
本日はお礼をさせていただきありがとうございました。
こんな老い先短い私の命を救っていただいたこと、とても嬉しく思っております。
しかし、わずかばかりのお礼の品だけでは、
とてもこの感謝の気持ちを伝えることができないと思いました。
そこで更に一つささやかではありますが、
幸せが訪れると言われるお守りを贈らせていただきます。
サイトウ様とご家族の皆様に幸多き人生が続きますように。
コンドウ ゲンジロウ
“
#5
「サチコ、この蜜柑どうしたの?」
「隣の山田さんが実家から蜜柑が大量に届いたからお裾分けでもらったの。」
「そうなんだね。この前も田中のお婆ちゃんからも梨もらったよね。」
居間の机には田中のお婆ちゃんの梨と山田さんの蜜柑が置かれていた。
「あと、さっきお母さんから野菜沢山もらったから送ってくれるんだって。」
「お義母さんも送ってくれるなんて、みんな優しいね。」
「もう、タカシ。困っちゃうぐらいなんだから。」
サチコの困った顔、かわいいな。
居間の棚の上に飾ってある小さな白い貝殻を見た。
コンドウさん、困っちゃうくらいみんな優しいよ。
—
「…ってことなんだよ。」
「なるほどな。」
会社近くのいつもの定食屋でシュウと一緒に昼ごはんを食べていた。
シュウは僕の食べる速さに合わせて、ゆっくり食べていた。
「いい事したから、もっといい事が起きてる。それでいいじゃないか。」
「そうなんだけど、今で充分幸せだからこれ以上いい事は特別多くなくていいよ。」
「幸せ者の意見だな。」
シュウは水を飲んで、少し止まっていた。
「なら、その例のお守りを困っている人にあげたらどうだ?」
「あ、確かにそれもいいかも。」
「タカシ、たまにお前って抜けてるんだよな。」
シュウは嫌味のない笑顔で笑った。
—
「それなら、孤児院ってどうかな。」
「それはいいかもね。」
シュウと話したことをサチコにも話したらいい案がでた。
「孤児院って近くにあったっけ?」
「確か、お母さんの知り合いで孤児院で働いている人がいたからその人に渡してみるのもいいかも。」
「なるほどね。んじゃ合わせて何か孤児院に寄付しようか。」
「せっかくなら、みんなからもらった食材なんかもあげるといいかも。食べきれないし。」
「そうしようか。」
#6
「それで、この前そのお守りを送った孤児院に出資してくれる人が増えたり、里親希望者が多くなったってお礼の手紙が届いたんだよ。」
「それは良かったじゃんか」
シュウはさっき買った缶珈琲を飲んだ。
「やっぱり、人が幸せになるのって嬉しいね。」
僕もさっき買ったお茶を飲んだ。
「それもそうだけどさ、タカシも幸せになってるだろ?」
シュウは笑顔だった。
「あ、うん。そうだね。」
もう一口お茶を飲み、窓から見える青空を見た。
青空に流れる雲が穏やかに流れていた。




