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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
1章 才能がなければ運もないけど、何かの間違いで生きている
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1-2 追放されたけど元気でやりたかったなぁ。

 スノーベルさんは私をおいて職務へ戻っていった。

 探索者同士のやり取りに、ギルドは最小限の干渉しかしない。ここぞとばかりにその原則を適用して、そそくさと持ち場へ帰っていった。蜂蜜酒の瓶を握りしめて。


「見捨てられた……」


 聞こえない程度の小声で恨み言を呟く。伏せた目をカウンターに滑らせると、私を見捨てた女がパチンと綺麗なウィンクを飛ばして蜂蜜酒をあおった。あの不良受付嬢め……。


「それで、ええと」


 現実逃避をやめて顔を上げる。つい先程まで職務怠慢女が座っていた席には、ムカつくほどに背が高い黒痣金髪男が座っていた。


「まず、自己紹介しましょうか。僕はルーク・マロウズ。探索者三年目で、今は無所属(フリー)。君は?」

「アルタ、と呼んでくれ」


 その言い方でピンとくるものがあった。この名前で呼んでくれと言うやつは、十中八九偽名を使っている。ソースは私だ。

 偽名を使うということは、何かしら事情があるか隠したい素性があるか、その両方か。ならず者が多い探索者にはよくあることだ。いちいち気にするようなことではない。


「探索者としては六年目になる。数年前にパーティを追放されて以来、ずっと単独(ソロ)でやってきた。今は考えを変えて、共に迷宮の奥深くまで潜れる仲間を探している」


 この男もパーティを追放された、と。妙なところで符号が合うものだ。

 確かに親近感は湧くけれど、それだけでパーティを組むほど楽観的な性格はしていない。


「追放されたって、どうして?」

「……言わなきゃダメか?」

「別に言わなくてもいいけど」


 言いたくないことは聞かないし、普段ならそれくらいのことは気にしない。だけど、事情も聞かずにパーティを組むのは難しい。それだけの話である。


「迷宮に呪われてるんだ」


 しばらく言いよどんで、アルタはローブのフードを外した。

 顔があらわになったことで顔の痣がよく見えた。黒龍のようにのたくる痣だ。しかしそれは単なる痣や入れ墨なんかではなく、もっと不吉なもののように思えた。


「呪いの痣だ。これのせいで俺はとてつもない凶運を背負っている。それが、パーティを追放された理由だ」

「凶運? 運が悪いの?」

「そうだ」


 運が悪いと言われても、いまいちピンと来ない。

 探索者稼業は不思議なものを見ることも多い。呪いや迷信の類にもそれなりに知っているが、パーティを追放されるほどの運の悪さなんてちょっと聞いたことがなかった。


「具体的にどんなことがあったの?」

「罠を踏んだり、魔物の奇襲にあったり、道を間違えたりだ。何をやっても不幸がつきまとう。そういった呪いだ」

「それって、索敵や探索がうまく行ってなかったとかじゃなくて?」

「それだけならパーティから追放なんてされていない」


 それはそうなんだけど……。まあ、いいや。そういうこともあるのだろう。腑に落ちないところはあるが、ひとまず飲み込むことにした。


「それで、なんで僕を誘ったの?」

「迷宮の奥まで探索に行きたい。何人かに声をかけたが誰も誘いに乗ってくれなかった。頼む。俺と一緒に潜ってくれないか」


 迷宮の奥と言われても、私は別に深くまで潜りたいとは思っていない。浅い階層でそこそこお金が稼げればそれで十分なのだ。この時点で目的は不一致となってしまう。


「一人でやっていける実力があるなら、別にパーティを組んで奥まで潜る必要もないと思うんだけど……」

「違う、稼ぎがほしいんじゃない。俺は深いところまで行きたいんだ。探しているものがある」


 何か訳ありのようだった。

 ここまでの話を聞いた限り、ただ単に探索仲間がほしいだけなら断るつもりだった。目的が一致しない仲間なんて長続きするわけがないことはよく知っている。

 だけど、もしも何かしらの事情があるのなら。どうしても困っていることがあって、私の力で助けになれることがあるのなら。

 私だって、手を貸そうと思えるくらいの良心は持ち合わせている。


「聞かせてよ。場合によっては、力になれるかも」

「……迷宮の遺宝(アンノウン)って、知ってるか」


 首肯する。探索者をやっていれば、一度や二度は聞いたことはある言葉だ。

 迷宮内では時折正体不明の人工物が見つかることがある。私たちとは異なる世界から流れ着いたとされるそれは、どれもが私たちの常識からは計り知れないものだ。それらの道具は、総称して遺物(ロスト)と呼ばれている。


 そんな遺物の中で、極稀に際立って強大な力を持つものが見つかることがある。

 迷宮探索の長い歴史の中で、数えられるほどにしか確認されていないそれらは、ただ発見するだけでも歴史書に名を刻まれる代物だ。それほどまでに途方もない力と価値を持つ遺物は、大いなる畏怖を籠めて探索者たちからこう呼ばれる。

 迷宮の遺宝、と。


「俺が探しているのは、迷宮の遺宝の一つ《万象回帰の王杖》。二百年前に迷宮の奥深くで存在が確認されたそれは、万物をあるべき形に戻す力があるらしい。それを使えば俺の呪いも解呪できるんじゃないかと考えている」

「そんなの、見つかると思ってるの? 本気で?」

「見つけに行くんだよ」


 酔狂や冗談を言っている様子はない。彼の顔は真剣だ。

 呪いを解くために遺宝を探す。それは探索者たちが思い描く夢のように素敵で、その分だけ現実離れした話だった。遺宝なんて数十年に一度、どこかの探索者が見つけるか見つけないかと言った代物だ。探せば見つかるようなものではない。


「話はわかった。でも、そういう話なら断らせてほしい」


 心情的には助けてあげたいと思う。だけど、私が手伝ったからと言ってどうにかなるようなものではないと思うのだ。

 一介の村娘だった私に、そんなとんでもない宝物を見つけられるとは思えない。私は自分がどの程度の人間かということを十分に理解している。


「たぶん、僕の力じゃ君の助けにはなれないと思う。ごめんね」


 それに、お宝探しなんて私の性分ではない。私はもっと、堅実に依頼をこなして生活費を稼ぐようなやり方の方が合っている。

 私が断ると、アルタは面食らったように目を丸くする。それからずいと顔を寄せて、小声でささやいた。


「なあ、ルーク。もし杖が見つかったらお前も好きなだけ使っていい。独り占めしたいなんて言わない」

「そうじゃないんだけど」

「それ以外にも遺宝が見つかったらもちろん折半だ」

「だから違うって。遺宝なんて見つかるわけないでしょ」

「迷宮にはまだ見ぬ遺宝が待ってるんだぞ。わくわくしないか?」

「僕の話聞いてる?」


 突然にわくわくを持ち出されてしまった。この男、呪いを解くためと言いつつ、ただ遺宝という名のロマンを追い求めたいだけなのではなかろうか。

 なんとも理解に苦しむ生き物であり、なんとも探索者らしい生き物でもあった。


「探索者ってやつはな、夢とロマンに突き動かされて迷宮の奥底に誘われちまうもんなんだ。お前だってそうだろ?」


 図体だけはデカいくせに、アルタはまるで少年のようにきらきらと目を輝かせる。

 まったくもって同意しかねる意見だが、夢を語る彼の瞳には妙な引力があった。

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