2話 「勘違い」
『なんだ? アイツ』
『急に変な所から……』
周りからそんな声が聞こえてくる。
しかし、今はそんなのどうだっていい。
「や、やぁドロシー!! いやー、そこの男の人は友達かな?」
「……」
「い、一回手を離そうか」
俺はドロシーへ駆け寄る。
否、駆け寄ろうとした。
「ガハッ!!」
気づけば、俺は魔法で吹き飛ばされていた。
後ろの壁に叩きつけられる。
これは……ドロシーの風魔法だ。
俺はよろめきながらも起き上がり、ドロシーへ向き直る。
「な、なんでこんなことを……幼馴染だろ!?」
「……あなた誰?」
ん?
あなた誰?
ドロシーはまるで汚い物を見るかのような目で俺を見つめながら続ける。
「恥ずかしいから消えてくれない?」
「……えっ?」
いや、耳おかしくなっちゃったかな。
あなた誰って。
ずっと一緒に過ごしてた幼馴染が言う言葉じゃないだろう。
あ、そうか!!
コイツはドロシーじゃないんだ!!
なるほど、そういうことだったのか!!
だから俺のことも知らな――
「あぁ、アレスだったのね。魔力が薄過ぎて気付かなかったわ」
「え……あ……」
足が震え出す。
視界がぐにゃりと歪み始める。
心臓がバクバクと早打ちをし出す。
「私、弱い人嫌いなの」
「……」
場は静寂に包まれている。
まるで部屋に誰もいないかのように。
「あなたのことを一度も幼馴染だなんて思ったことないから」
怖い。
もう、これ以上聞きたくない。
今直ぐに耳を塞ぎたい。
「もう、近寄らないで」
「……」
俺は、向かい合わせになりながら首を落とした。
ドロシーは男と手を繋いだまま黙って動かない。
「プッ……フフ……」
その静寂を破るようにして、誰かが笑い出す。
「だ、誰だ。誰が笑いやがった」
俺は声を震わせながら、笑い声のしたほうを睨む。
「……フッ……あ、あの顔……」
「プスッ……クッ……ひ、ひでぇ」
しかし、それが逆効果だったのか部屋の中の含み笑いが徐々に多くなっていく。
俺を嘲笑っている。
俺を馬鹿にしている。
そして、誰かが言った。
「ア、アレス。お前、雑魚の癖にホント気持ち悪りぃーな」
そのとたん、パーティーの部屋の中に大爆笑が起こった。
「ギャハハハハ!!」
「『火球』すら怪しいアレスがぁ!? 一番強いドロシーにか!! ヒャハハハハハ!!」
「……」
俺はいつの間にか、手に握っていた指輪を捻り潰していた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
俺は叫んでいた。
泣いていた。
走っていた。
逃げていた。
あそこは地獄だった。
俺は勘違いをしていた。
ドロシーは幼馴染ではなかった。
ドロシーは俺のことが嫌いだった。
俺は……弱かった。
「お、アレス、どこにいくのじゃ?」
孤児院のおじさんに話しかけられる。
「……死んできます」
「ふぉっ!?」
俺は走った。
出来るだけ遠くへ。
誰にも見つからない場所に。
『「「バシャァァァン」」』
川に落ちた。
水が冷たい。
夜だからよく見えなかった。
早く上がらないと。
……いや、辞めた。
これでおしまいにしよう。
もう、疲れた。
俺は目を閉じ、暗い、暗い水の底へ沈んでいった。
◯
「ガバァ!! ゲバハァ!! ゲハッガホッ!!」
目を開けて最初に飛び込んできたのは、ひび割れた灰色の地面だった。
うつ伏せで倒れている。
こ、ここは何処だ?
確か、川に落ちてたよな。
そこまでは覚えている。
俺は重たい体を腕で押し上げた。
下半身が浅い川に浸かっている。
流されてきたのか?
「っ……」
節々が痛む体を動かしながら、這いずり出るようにして川から上がる。
随分と長い間流されていたようだ。
周りには何もない。
ただただひび割れた岩の大地が広がっている。
植物一本生えていない。
虫すらいないのか、聞こえるのは俺の吐息の荒い音だけ。
「本当に……何もないな」
少なくとも、俺の村の近くにはこんな場所はない。
あそこは木が生い茂っている。
「……」
そう言えば、ドロシーと一緒にいたあの男、誰だったんだろう……
『弱い人嫌いなの』
「うっ」
頭が痛い。
もう、ドロシーのことを考えるのは控えよう。
そうだ。
俺はもうアレスでは無いと言うことにするか。
俺はドロシーとは全く関係のない赤の他人。
そうしよう。
見知らぬ土地で心機一転。
アレスはあの水の底で一度死んだのだ。
それに……あの『禁術』を試すいい機会だしな。
人間であることを捨てるあの魔法を。